第15話

「あの紫の化物を退けるなんて……もしかして貴方様は女神様の使徒なのですか?」


 詩乃の手を両手でぎゅっと包む。鳩羽は会ったばかりの詩乃にもう完全に心酔していた。


「はい。その通りです。そろそろ中……良いですか?」


「あ、はい! 勿論です!」


 鳩羽の部屋は思ったより綺麗に片付いていた。というより、ベッドくらいしか家具という家具が無い。強いて言うならば部屋の真ん中に調理を終えたところだったのかカセットコンロが直で床に置いてあり、その前に青い椅子が置かれているくらいだ。


「では女神様と化け物について、お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」


「はい!」


 鳩羽はそのまま興奮した様子で話し始めた。


 曰く、女神は青い髪と青い目、青い服を着ており、世界中の何処にでも居るし、見えていると、そして女神様が傷に触れると傷を癒してくれる。

 曰く、化物は紫色の双頭の蛇の見た目をしており、こちらも世界の至る所に存在し、鳩羽を見つけると噛みついて襲ってくる。との事だ。


「なるほど、因みに女神様はいつ頃から現れたんですか?」


「うーん数ヶ月程前ですかね? すみません詳しくは……」


「鳩羽さんご年齢は?」


「えっと、今年で39ですね」


 鳩羽は財布から保険証を取り出し確認すると、こちらに見せながら答えた。


「丁寧にどうも」


 詩乃は手提げから小さなメモ用紙を取り出し、すらすらと何かを書く。


「本日はこのくらいでお暇させて頂きますね。もしなにか違和感や体調が悪くなりましたら、こちらに連絡お願いします」


 僕達は鳩羽にメモを渡すと家を出た。


「なんか、あの人見たことある気がするんですよね」


 マンションに戻る途中、僕はふと疑問を思い出して口にした。


「そうなのかい?」


 詩乃が興味深そうに聞く。


「はい、絶対何処かで見た記憶が……あっ思い出しました! ここです、ここ」


 そこは面接の時、男性にぶつかられた場所だ。どおりで見覚えがあると思った。あの時ぶつかって来たのがさっきの鳩羽だったのだ。


「へぇ、ここに彼が?」


「はい、なんか追いかけられてるみたいで、電柱とか壁にぶつかりながらあっちに行きましたよ」


 指刺す先は鳩羽のマンションの方。


「うん。なるほどね。大体分かったよ」


 詩乃は庭先からはみ出た紫色の花を触った。


「本当ですか?」


「うん。恐らく鳩羽さんの異能は青色の物が女神に紫色の物が化物に見える異能。それも女神には治癒能力。化け物には自身を傷つける能力があるっぽいね」


「え、異能なのに自分を傷付けるんですか?」


「うん、強力な分代償も大きいんだろうね。医学的に言えば幻視に幻触かな? 正確な病名は……正直まだ良く分からないかな」


「分からないって……大丈夫なんですか?」


「……幾つか候補はあるから、そこから絞れる様に検査しようと思うよ」


 詩乃はそれだけ言って考え込むように黙ってしまった。しかし結局あれから糸夜くんが薬を飲み忘れて暴れたり溜まった事務作業をしていると、気付けば鳩羽の家に向かえぬまま1週間が経とうとしていた。


「ね、ねぇ、よ、良かったら、ジム、来ない?」


「ジム?」


「おお、良いね! 億利ちゃんも行こうか」


 仕事をしていた僕は半ば無理矢理連れられてマンションの3階にやって来た。マンションの3階はジムになっている。ここは蟻塚が経営しているらしいが、一般の客が入ってるのは見た事ない。偶に糸夜や酒井が筋トレしてる程度だ。


「そ、それじゃあ、詩乃先生はこのダン、ダンベルで、お、億利さんはこれでよろしくね」


 2人の前に小さめのダンベルを置いた蟻塚は楽しそうに隅に置かれた車のタイヤくらい大きなダンベルを細い腕で持ち上げた。


「……あれも異能ですか?」


「いや、あれはただの鍛錬の成果……のはず」


 一方僕が与えられたダンベルは億利が3キロ、詩乃が10キロの物だった。


「ふっ、けっっこう、キツイね」


 額に汗をかきながら暫く上げ下げを繰り返した。時々蟻塚がスポーツドリンクやタオルを置いてくれていた。最近は事務仕事ばかりで体が固まっていたから非常に良いリフレッシュとなった。


「ふ、2人とも、付き合ってくれてありが、ありがとう」


「こちらこそ、良い汗をかけたよ。でもどうしたんだい? 蟻塚くんから誘ってくれるなんて、珍しいじゃないか」


「その、ぼ僕、トレーニングくらいしか、その、思って、あのだから。億利さんと、そのな仲良く、したくて」


「え、僕と仲良く?」


「らしいね億利さん。どうかな?」


 真正面からそう言われて僕は面を食らった。そんなのいつぶりだろうか。ちらりと蟻塚の後ろを見る。器具の後ろには明らかに量の多いスポーツドリンクとタオル、なんなら着替えまで大量に用意されているのが分かった。蟻塚が精一杯考えて練り上げたのだと自然と理解できた。


「こちらこそ仲良くしたいです」


 僕は頷いてそっと蟻塚に手を差し出した。


「ほ、ほんと!? よ、よろしくね!」


 蟻塚は喜んでその手を取った。

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