第12話

「失礼します」


 一通り説明が終わったタイミングで鶴見が部屋に戻った。


「よう! 詩乃先生そいつが新しい患者かい?」


「きゃっ」


 そして入口に立っていた鶴見を押し退けてロング缶を手に頬を赤らめた老人が中に入って来た。


「っと大丈夫〜? 詩乃先生〜ベッド借りてもいい? ありがと〜」


 真っ白のパジャマを着た鶴見と同じくらいの身長の少年が老人の後ろから出て来て倒れそうになった鶴見を受け止めた。


 まるでそれを予知できていたかのような綺麗な動きで鶴見を支えると、少年は詩乃の返事も聞かずに糸夜の横のベッドに寝転んだ。


「ありがとうございます猫座ねこざさん。酒井さかいさんはもう少し周りを見て下さい!」


 鶴見は落としたペンを拾うと、カツカツと足音を鳴らしながら病室から出て行った。


「おぉ悪いね! 嬢ちゃん」


 ガッハッハと笑いロング缶に口を付けた。ここまで飲む音が聞こえそうなくらい良い飲みっぷりだ。


「っくぅー旨い! 最高じゃなぁ」


「2人とも今日が診察日でしたか。ちょうどいいですしこのまま診察しましょうか」


 詩乃は自身の前に椅子を置き、酒井に座る様促した。


「どっこいしょっと!」


「酒井さんは……今年で90歳ですよね」


 髪の毛は一本残らず白髪だが、その快活な動きと豪快な飲みっぷりからもっと若いかと思った。


「えぇ、もう卒寿まで来ちまいましたよ」


「酒井さん若く見えるけど、もうそんなになるんだねぇ」


 布団から顔を出した猫座はあくびをしてまた布団に潜った。


「症状の方は大丈夫ですか?」


「おう、最近はこいつのおかげで順調よ!」


 酒井はロング缶にコツンと指を当てて大声で笑う。


「それは良かったです。一応、シアナマイドも出しときますので、お酒が飲みたくなったら10mlコップに出して飲んで下さいね」


「おう! 助かるよ。家に1人だとついつい飲みたくなってなぁ」


「あの、その方々は?」


 糸夜は恐る恐るといった風に詩乃に聞いた。


「あぁ、2人はここの患者さん。糸夜くんと同じ異能を持った人達だよ」


「そうだったんですね」


「そうじゃよ、わしらもそれぞれ異能と病気を抱えた同類じゃ」


「酒井さんはお酒飲んじゃ駄目なんだよね〜」


「え、それ飲んで大丈夫なんですか?」


 糸夜の目線の前に有るのはシルバーのロング缶だ。


「ん? あぁ、あれは」


「良いに決まっとるじゃろ! ほれお主も飲んでみぃ!」


「ング!?」


 酒井は持ってきていた鞄から新しいロング缶を取り出すと、ベッドの糸夜の肩に腕をかけ無理矢理に飲ませた。


「ちょ! 止めないで良いんですか!?」


「んーまぁ大丈夫じゃない?」


 僕は慌てて詩乃に聞くが詩乃は特に気に留めない。


「ゲホッゴホッって、あれ?」


「あれ中身炭酸水だしね」


「そーゆーわけよ、少しでも酒気分を味わいてぇからな!」


「酒井さん?」


 いつの間にか戻って来た鶴見が座った酒井の肩をそっと叩く。口元は笑っているが目元は一切笑っていない。向けられていない僕までぞわりと来る目だ。


「相手は全身の筋肉の損傷が非常に激しい患者さんです。いきなり組みにかかるのはお辞めください。それに飲み物をいきなり飲ませるのは肺が損傷したり、最悪肺炎になる可能性もあるんですよ。それも分かった上で、その責任を取れるからやったんですか?」


「わ、悪かったからそんな怒らんといてよ。すまんねどうやら場に酔いすぎじゃったな」


 酒井は顔を青ざめ、鶴見から逃げるように糸夜に謝った。


「ゲホッいえ、大丈夫です」


 何回りも歳の離れた年齢の老人にすら臆せずビシッと言う彼女は、何も出来ずただ佇んでいた僕よりもよっぽど大人だ。

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