第3話
「今日の診察は不登校の高校生男児の家だよ。億利くんには僕と患者さんやその家族との会話をメモしていて欲しいんだ。はい、これメモ帳ね」
クリニックの前で待っていた詩乃は黒いノートとボールペンを僕に渡した。
「分かりました……他には?」
「他? それだけだけど」
「え、これだけですか?」
「うんそれだけ。簡単でしょ? よろしく頼むよ億利くん」
「えっと、それだけの為に僕を雇ったんですか? そもそも何でわざわざ訪問を? 来てもらった方が楽なんじゃ」
「確かに来てもらえるなら楽なんだけどね。本人が病気に気付いてなかったり、勝手に治ると思ってたり、精神医にあまり良い印象がないとか……結構多いんだよ」
詩乃は何を思い出したのか大きくため息をついた。
「病気なんだから、まずは病院で診察しないと何も始まらないのにね……億利さんも悩んでる友達とか居たら、自分で解決しようとせずにこちらに連れて来てね。無料でいいから」
詩乃は念を押して僕にそう言った。
「それに、私達の患者さんは少し特殊でね……あまり患者さんを刺激したくないんだ」
「患者が特殊?」
「私達が診察するのは人智を超えた能力。通称異能に目覚めてしまった人達の精神の治療なんだ」
「異能?」
僕は驚いた。ふざけているのかと思ったが、その顔は至って真面目で、ただ淡々と話し続けた。
「あくまで私達がそう呼んでるだけだけどね。私達はその病気を後天性精神異能症。通称異能症と呼んで治療しているんだ」
「異能って、でも、そんなの見た事無いですよ?」
「そりゃ基本皆隠れてたり、異能を隠してたりするからね。そもそも異能自体そんな簡単に発現するものでもないから、母数も少ないんだよ」
「そんなの、信じられる訳……」
「実際見ないと現実味が無いよね」
「見ないと……ってもしかして今から向かうのって」
「勿論。今から向かうのは異能症の患者さん。もし危なそうだったら私の事なんか気にせず逃げてね」
「逃げてって……そんなに危険なんですか?」
「異能の種類によってかな。会ってみないことにはどんな異能か分からないし。毎回ドキドキだよ」
あっけらかんと笑う詩乃。しかし僕の心情はとしては一切笑えない。給料が高い理由が早々に如実に現れてきた。かといって辞めようにも今更僕を雇ってくれるところなんて無いだろうし、仕事も命の危険性から目を反らせばメモを取るだけだ。やるだけやってみても良いかもしれない。
「この家だよ」
合沢と書かれた表札の下に取り付けられたチャイムを詩乃が鳴らす。少ししてエプロンを付けた女性が扉を開けた。
「あの、どちら様ですか?」
2人を不審そうに見る女性。それもそうだ。全身真っ黒の女と探偵服姿の男が家の前に立っているんだ。不審に思わない方がおかしい。
「初めまして合沢さん。詩乃クリニックの詩乃と申します。本日は息子さんの件でお話伺いに来ました」
詩乃は帽子を胸に当てて合沢へ流れるように礼をした。
「あぁ、お電話頂いた……お医者さん、何ですよね?」
「えぇあえてお医者さんに見えない様にしてるんですよ」
……にしたってその格好は無いだろう。
「そうなんですね……あ、立ち話もあれですよね」
合沢は考える事を諦めたのか、こんな見た目の人間でも信用してしまうほど疲弊しているのか、すんなりと中に2人を入れた。
「すみません。失礼します」
2人は靴箱から取り出されたスリッパを履き、促されるままリビングに入った。リビングにはテレビや仏壇。ソファ、テーブルチェアがあり、2人は机に向かって横並びに座った。
「こちら粗茶ですが」
湯呑みを渡し合沢は詩乃の正面に座った。
「ありがとうございます。早速本題に入りますが、お電話でお話を聞いた限り、息子さんは恐らくかしらの精神病を患っているかと思われます」
「……お電話でも言われましたが、本当なのですか? 息子は多分……慣れない新しい環境で少し気分が落ちてるだけだと思うのですが」
「確かに。その可能性も有りますね。それを確かめる上でも合沢さんから見て最近行動がおかしかったり、何か不思議なことはありませんでしたか? 電話でお話した事も含めてもう一度詳しく聞かせて頂けますか?」
詩乃は語気を若干強めて捲し立てた。
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