第4話

「……分かりました」


 合沢は椅子に座るとぽつりぽつりと話し始めた


 息子が高校に入る少し前辺りでしょうか、活発だった息子が家に篭りがちになってしまったんです。最初は旦那が死去したせいで少し気持ちが落ちてるのかとあまり気にしてなかったんですが。


「はい、合沢です」


 確か、息子が高校に入って1ヶ月ほど経った時の事です。私がいつも通り家事をしていると、普段はセールスでしか鳴らない電話が鳴りました。


『あ、えっと学校の者です。じゃなくて糸夜いとやくんの担任の栗原くりはらです。早急に学校に来て頂けますか?』


「何かあったのですか?」


 息子は幼少期から正義感が強く、喧嘩の仲裁をしようとして怪我したり、子猫を助ける為木に登って自分も降りれなくなったりと学校に呼ばれる事が多く、またその一件かと思いながら私は聞きました。


「えっと、電話で説明するのは……と、とりあえず早急に来てください!」


 そう言って電話は切れてしまった。私は急いで身支度を終えて学校に向かうと校門の前で教師が立っていた。


「あっ合沢さんですか?」


 私が来たのに気がつくと、焦った様子でこちらへ近づいて来た。


「はい」


「こちらへ」


 教師は焦りを隠す事なく足早に校内へ向かうので私もそれに続き入っていく。


 先導していた先生は生徒指導室に着くとノックをせずに中に入って行った。まるで上昇し続けるジェットコースターの様な底知れぬ不安感を抱えながら私も続けて中に入った。


「失礼します。栗原先生、親御さん連れて来ましたよ」


 それだけ言って私を連れて来た先生は居なくなってしまった。中に入ると担任の栗原と息子が対面して座って待っていた。


「あ、お母様、よく来てくださいました」


 栗原は心底安心した表情で合沢を迎えた。


「何が有ったんですか?」


 合沢は少し不安そうな顔で栗原を伺う。


「それが……」


 栗原は糸夜の方をチラッと見て頬を掻いた。


「私たちも良く分からないのですが、どうやら糸夜君が……机を割ってしまったみたいで」


 頓珍漢な事を言ってる自覚はあるらしく、その目は忙しなく部屋中を泳ぎ回っていた。


「……机を? どういう事ですか?」


「直接見て貰った方が分かるかと」


 栗原は廊下から真っ二つに折り曲げられた机を持って来た。


「なんですかそれは? もしかして息子がそれをしたって言うんですか? 息子にそんな力ある訳ないじゃないですか。冗談はやめて下さい!」


 現実味の無い話に半ばヒステリックとなって掠れた声で叫ぶ。


「私だって驚きですよ。ただ偶々見ていたクラスメイトによると……素手で叩き割ったとか」


「素手でですか? 私の息子にそんな力無いって言ってるじゃ無いですか! ……ねぇ、どうしてあんなになっちゃったの?」


 糸夜の前に膝から崩れるようにしゃがみ込み赤くなった手を握った。


「お母さん?」


 糸夜はそこで初めて自身の母親が学校に居ることに気がついた。ぽかんとした顔でそう呟き、全開に回し切った蛇口のごとき勢いで母親の腕を掴み話し始めた。


「もうここは駄目なんだ奴らに監視されてる。早く家に逃げよう! あそこならまだ大丈夫な筈! ここも盗聴されてる!」


「なに言ってるの? 盗聴? 監視? ふざけてないで、あの机はどういうこと!?」


「……母さんもそうなんだね」


 息子は心底失望した目で私を見てまた黙りこくってしまった。


「ずっとこんな感じで会話にならないんで私達も困っていたんですよ。今日は早退して家で休んで頂いて結構ですので、また落ち着いたら、また話を聞かせて頂けますか?」


 私を連れてきた先生がいつの間にか戻って来て、そう言って出口へ促す。厄介事をさっさと返したいのだろうが、余りにもな態度に少しイライラとして睨んでしまう。


「机の弁償とかは結構ですので、お帰り頂けますか?」


「はい。すみません、本日は失礼します」


「ちょっと、山手先生そんな言い方! すみませんお越しいただきありがとうございました。糸夜くんもまたね」


 私達が部屋から出ると担任は申し訳なさそうな顔で手を振って私達を校門まで見送った。


 その日以降息子は自室からほとんど出てこなくなってしまった。


「私は育て方を間違えてしまったのでしょうか?」


 合沢は涙を流し震える声で静かに泣いた。

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