死の折り重なる道無き道をただ進めば、先に石造りの建造物が見えてくる。この柔らかで不愉快な肉の上から少しでも安定のある場所を求め、ただ己はその場所へと歩を進めた。

やはり深層の入り口から先は、安定とは程遠い空間になっていた。影の魚が折り重なった地面が広がり、見渡す限り動くものは一切存在しない。音はこれまでの砂地を踏みしめる音とは異なる、湿っぽく粘着質な内臓が吐き出される音だけ。空間の主はまず、己の心を折りに来ているのだろう。時間さえも死に絶え停止した楽園を壊されないために、海の底で栓を握ってじっと待ち構えている。

それでも尚、この死体の山を越えて、己が救済を齎さねばならない。

「あら」

突如、頭上から女の声がする。

「赦しを求めて、ここまでいらしたの」

顔を上げると、それは頭の無いなにかだった。影でもあの鳥とも違う、得体のしれない何か──己と同じような体を持てども、頭だけが存在しない。それは生物の法則に反している、魚でさえも頭が無ければ動けない。

己が後退りすると、それは一歩更に前へと踏み出してくる。

「あなた、またいらしてくれたのね」

見えているのかは考えないものとして、己には口が無いためひとまず首を横に振ることで否定を表す。

当然だが、己はこの深層まで踏み入れたことは無い。つい前にへその緒を断ち切られてこの空間に産み落とされたばかりである。眼前の彼女──彼女か彼かは定かではないが、一先ず彼女と呼ぶことにする──は、頭が無いのにもかかわらず己の様子が理解できるようで首を捻っている。

「いいえ、確かに前にもいらしたわ。わたし、覚えているもの」

彼女は膝を折り、己の視線の高さまで合わせるようにして屈んだ。首の表面はつるりとしていて切断面などは見られない、最初から頭など無かったかのような構造である。

「海の裏へ行くのでしょう」


「そのために、赦しを乞いにいらしたわ」

すっと、肉の内が冷えていくのが分かる。

違う、己は赦しなど乞うてはいない。

首を横に振り続けても尚、それは手を組んで己の前へと跪いた。

「どうか、あなたの目指すものがこの先にありますように」

何故、己の目的地を知っているのか。

そう問いたくとも、己に口は無い。それが形成されるよりも早くにへその緒を断ち切られ、浜へと産み落とされてしまったから。

──この瞬間。いっそ、己の持つ得物で口を裂いてみようとまで考えた。

手を掛けた途端、跪いたそれが勢いよく首を擡げて己の手に掴みかかる。見た目からは想像もできない力で得物を掴む手を阻み、無いはずの頭が此方を睨んでいる。

「それをあなたに使うのはここではない」

空虚なその首から上の空間が、陽炎のように揺らぐ。

「あなたは赦されているのだから」

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