中身
暫くぶりに目を開ければ、これまで遠い水面から降り注いでいた影の粒は消え失せ、音の死に絶えた薄暗い景色へと戻っていた。試しに立ち上がり、以前に感じた不調を確認してみれば足の重さは無くなり問題なく旅を続けられそうである。岩陰から出て、周囲を見渡すと妙な空気が漂っていた。
動く物──これまで嫌という程に視界をちらつかせていた魚の影が、今となっては1匹たりとも見えない。周囲を見渡し、己を害す存在の有無を確かめてから前へと進む。
表層よりも中層の影には荒さがあるように、下っていくにつれて空間が不安定になる。烏の介入があった事も含め、この先はどんな事象が発生しても可笑しくは無い。
開けた空間に出ると真っ黒な砂地の先、遠くに墓石が見える。恐らくこの先から深層になることを示す物だろうと、それを確認すべく踏み出した所で足の裏に柔らかな違和感があった。まるで、肉を踏み付けたような奇妙な感覚──思わず、足を退けて視線を落とすと、そこにあるのは影だった。
否、これは黒い砂地などでは無い──全てが、魚の影だ。無数の黒い影が折り重なり、砂地の様に見せかけていただけらしい。恐らく、これから先に見える黒い足場は死に絶えた道程の様である。
試しに再びその影を踏み付けてみるが、己の重さに耐えきれず口にあたる場所から真っ黒な靄を吐き出し、縮んでいく。生き物であった頃の内臓を模しているらしい、表層よりも動きが疎かになっていたのは、中身が詰まっているからだったのだろう。踏み付け、その度こうして中身を垂れ流されるのは気分の良いものでは無い──空間の主が、己の存在を知覚したのだろう。恐らくこれは己への誹謗であろう、自身の楽園を踏み荒らしに来た存在への。
足元から粘着質な音が上がるのを無視して先へ進んでみると、やはりその墓石は深層の入口を示すものである。中層よりも真新しいそれはただ静かに、死体の山の上に佇んでいる。
まだ、終わりは見えぬ。
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