烏を叩き切ってから、己は淡々と砂地を歩いていた。冷たい水底にいるにも関わらず、己の四肢がじりじりと焼かれるような心地がしていた。これまでは端から端までが見渡せた胸の内に、重い霧がかかっている。得物がやけに重く感じる──烏の言葉に返しが生えて、それを反芻するたびに嫌な音を立てて削り取られるような。

己の成すべきは、海の裏の栓を抜いて演者を開放する事。この偽りの地を、在るべき姿に戻す事。

烏は演者ではない──己と同じく、影を持たぬもの。己が救うべき演者には得物は向けぬ、それ以外は排除する。間違ったことは何もしていないと己が一番理解してはいるはずだった。岩陰で足を止め、影の魚を手で払ってから砂地に腰を下ろす。一度、休むことにした──何故か、己の両の足が重い。外套を捲って確かめたが、外傷は見当たらない。それに加え、押したり叩いたり、己の肉の内を調べるが、違和感は無かった。しかし、この状態で攻撃的な存在に出会った際に、動ける自信が無かった。不調が改善されるまでの様子見である。己が座り込んだ後からだった──ぽつぽつと、暗い水面から、何かが降り注ぎ始めた。己は岩陰に身を潜め、それが何なのかを観察した。無数に落ちてくるそれは小さな黒い粒の様、生き物ではないように見える。警戒しながら顔を出すと、それは雨──正確には、雨の影だ。

雨すら、ここでは海に飲み込まれていく。


岩に頭を預け、音も無く降り注いでいく雨を見た。砂地に沈んでいくあれは何処に行くのか、それを知るのはこの空間の主だけだ。

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