意思
音の無い魚の影を目で追いながら歩いていると、真っ白な珊瑚礁が見えてきた。その近辺は遠目に見ても魚の影が多く漂っているが、全ての珊瑚に色は無い。
試しに近くの物を握り、力を掛けてみるといとも簡単にぽきりと折れてしまった。光合成が出来ずに褐虫藻が死滅したのだろう。折り取った生気のない無彩色はやけに軽かった。手の中に残された小さな死体を地面に転がし、奥へと歩を進める。
朽ちた珊瑚礁の中は冷え切っていた。かつては鮮やかな温もりに満ちていたであろうが、今は影が屯すばかりの冷たい空間と化している。
「ねぇ」
砂を踏む微かな音の中、先程の陽炎とはまた違う優しげな女性の声が混じった。辺りを見渡すが、やはり人の姿はおろか生命の気配さえも無い。
「ねぇ、そこのあなた」
ぱき、と足の裏に固いものを踏み砕く感覚と共に、その声の正体を見た。
「ごめんなさい。私、動けないものだから」
端の欠けた小さな黄色い水晶が、砂の中に半身ほど身体を埋めている。光の無い水底であるのに、確かにそれは自ら光を発して輝いているのだ。
「怪我はない?」
怪我はしていない、と首を横に振る。
「なら良かった、本当にごめんなさいね」
水晶は申し訳なさそうに謝罪を繰り返し、暫しの沈黙が落ちる。鉱石とはこんなに話すものだったかと首を傾げていると、意を決したように息を吐いた後、水晶は無い口を開いて言葉を続けた。
「お願いしたいことがあるの」
その言葉に呼応するかのようにして、周囲の地面が二箇所、ぼんやりと光を持つ。そして、どこからともなく海流が吹き付け、砂を捲り上げた。
「私たちを、少しばかり運んでいただきたいの」
そこには、丸いものと乳白色の二つの鉱石が転がっている。
ただ、これらは彼女とは違って言葉を紡ぐ事はなく、眠っていた。彼らを拾い上げてみて、不思議と微かに温かく、脈打っていることが分かった。硬いのに、確かにとくとくと振動を手に伝えてくる。
「ありがとう、小さな旅人さん」
手の中の黄水晶はそう言って、光が失われていくと間も無く沈黙した。
また、珊瑚礁は静かになった。
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