波の音で目を覚ませば、臍にあるはずの緒は既に切られていた。黒い砂の上は人肌程度に暖かく、体を起こせば己の大きな双眸は灰色の空と海を映している。体を包む大きな外套の砂を払いながら、己は足を使って立ち上がった。

辺りを見渡してみるが、既にこの黒い砂で出来た陸には何も無い─否、海も空にも、小さな生命の気配一つでさえも残されてはいなかった。

循環をやめてしまったこの空間は、既に息をしていない。この波も、ただの痙攣だった。


己は、この海の裏の栓を抜かねばならない。


自ら呼吸を止めた空間の主が栓を握ったまま、彷徨う演者と共に朽ちるのを待っている気配がする。

それではいけない。


裸足で水の中へと進んでいくが、身体が浮く気配は無い。底から足の裏が離れる事なく、そのまま歩く事が出来た。浮力さえ働かないこの海は、やはり死んでいる。


海の裏への旅が始まる。

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