第2話 王剣カリバーン

「うッ…!」


 痛みはあるが、なんとか動けそうだ。頼むぜ、なんとか時間稼いでくれよ。


 目を向けると生きている騎士は残り僅か。30秒も持たないんじゃないかこれ。


 壁に手をつきながら出来る限りの速さで歩く、向かう先は王座だ。あの王座の下に剣は隠されている。


「……ッ」


 王座の傍には、騎士を次々と倒しながら迫る魔人を見て、冷や汗をかき、歯を食いしばりながら恐怖に耐えているイリス姫がいる。


 だが、気にしない。


「………?」


 目が合ったが気にしない気にしない。さて、まずは最初に邪魔な王座を押し倒す。


「え!? ちょっと何をしているの!?」


「お、お気になさらず」


 声出すだけでも痛いな。キツイ。


「気にするにきまっているでしょう! 動けるなら誇りある騎士として最後まで戦うのです!」


 無茶言うねこの姫様。

 悪いが時間はないのだ。気にせず作業を続ける。


 王座の下にある石のタイル床。これを正しい順番で叩く、コンコンコンコンッと。

 すると隠れていた封印の魔法陣が姿を現す。


 よし、次は封印を解くために王家の紋章が必要だ。


「こ、これは…一体…?」


 俺は驚いた様子でこちらを凝視する姫様が首から下げていた王家の紋章を容赦なくブチブチッと引き千切る。


「ぎゃああああああ!!!」


 うわ、びっくりした。あまりにデカい声で叫ぶから紋章が本体で、奪ったら消滅するタイプの魔物かと思ったわ。

 絶叫する姫様を横目に俺は王家の紋章を封印の魔法陣の上に乗せる。


「貴様何をする! それは誇り高き王家の紋章だぞ! わかってやってるんだろうな!」


 姫様は鬼の形相で俺に掴みかかり、睨みつけてくる。無言で奪い取るのはまずかったか。


「すみませんでした! 今は一旦許してください時間ないんで! お願いします! …っていうか魔人すぐそこまで来てますけど」


 俺が指さした方向にはちょうど最後の騎士を倒した魔人ゲラモが立っていた。


「雑魚は片づけたが…まだやるか?」


「くッ!………ローヘン王国の姫騎士イリスを舐めるなぁぁぁ!」


 姫様はあっさり俺を掴んでいた手を放すと魔人ゲラモに向き直り、剣を構えて突撃した。

 これもゲームのオープニングにある流れだな。姫様が必死に剣を振り回しても、一度も当たらず、挑発する魔人ゲラモがわざと一撃を受けるが、かすり傷一つつけられない。よし、数秒はあるな。


 パリンッ。小さくガラスの割れるような音がした。封印の魔法陣が消えたのだ。

 俺は急いで石の床を取り外す。


 そこには丁寧に収められた古びた剣が、やはりあった。


 よっしゃあああああああ!!!

 王剣カリバーン、手に入れたぜえええええ!!!


 剣を高く掲げゲットのポーズ。体の痛みなど関係ない。喜びは痛みに勝るのだ。

 待ってろよ魔人ゲラモ、今すぐぶっ殺して、ストーリー崩壊してやるからな。


「お~い、ゲラモ~。カリバーンはここにあるぞ~!」


「はぁ!? 何かコソコソしてると思ってたが、なんで雑魚の騎士が王剣カリバーンを持ってんだ? ローヘン王国は狂ってるな、こりゃ滅びて当然だな。ガッハッハッハッハ!」


「えぇ!? 剣!? なんでえぇ!? うわあああああああ! 貴様今すぐそれを持って逃げろおおおおおおおお!!!」


 腹を抱えて笑う魔人ゲラモ。慌てふためき絶叫する姫様は少しでも時間を稼ごうと何度も魔人を斬っているが、一切ダメージは入っていないだろう。



 カリバーンは選ばれた者にしか使えない。必要なのは、剣を発動させるための詠唱だ。そして、その詠唱を知る者は限られている。


 心臓がバクバクと大きな音を立てている。緊張のせいか、恐怖のせいか、それとも期待からか、きっとそのすべてだろう。俺はカリバーンをしっかりと握りしめ、静かに口を開いた。


「偉大なる王の剣よ、今こそその力を解き放て。

 古の契約に従い、光の刃となりて闇を断て。

 邪悪なる障壁を打ち砕き、聖なる輝きで魔を滅ぼせ。

 貫け、カリバーン!」


 王剣カリバーンの力は解放された。爆発的な光が瞬く間に部屋全体を包み込み、白銀の輝きが闇を一切許さないほど力強く照らし出した。


「まさかッ!? お前使えるのか、それを、ッ!!!」


 カリバーンが放つ光が、魔人ゲラモの余裕を一瞬で打ち砕いた。驚愕が彼の動きを鈍らせたその刹那、ゲラモは焦りの表情を浮かべたかと思うと姿を消した。


 次の瞬間、俺の視覚が目の前に魔人ゲラモを捉えるのと同時に、腹部、右肩、そして頭部と胸部に激痛が走る。痛みは止むことなく続き、超高速の連撃が俺を粉々にしようと迫っている。


 あの一撃だ――先ほど腹に受けた殴打。しかし、今の攻撃はそれ以上に強烈で、容赦がない。


 だが俺は立っている。吹っ飛ばされることなく立っているのだ。そして死ぬほどの激痛を感じるだけで済んでいる。

 カリバーンの光が守ってくれているのか、魔人ゲラモもこの至近距離で光を浴びれば上手く力が出ないのかもしれない。


「くそっ、何故死なねええええ! ウオオオオオオオオオオオ!!!」


 叫び声と共に魔人ゲラモの体が炎に包まれ、その姿を変える。角と腕が二本増え、合計角4本、腕6本。攻撃には炎がまとわりつき、その威力が一段と強化される。


 これは魔人ゲラモの第二形態! こいつ、本気出してきやがった!


 灼熱の炎を纏い、熾烈さを増した殴打。その威力はさっきまでとは桁違いで、重く、速くなっている。


 ぐおおおおおおおお!

 技の発動中に攻撃するとは、ゲームでは起こり得ないゲスの所業。

 だが、無駄だ。カリバーンは一度発動すると絶対に止まらない。


 ―――お前、もう死んだぜ。

 ニヤリ。勝利の確信が自然と俺の口角を吊り上がらせた。


「―――ッッ!!!」


 それを見た魔人ゲラモは、敗北を悟ったのか急に方向転換し、背中を見せて全速力で逃げ出した。


 剣が光を放った瞬間、お前はそうするべきだった。カリバーンは既に標的を捕えて逃がすことは決してない。


 カリバーンが放っていた光は次第に収束し巨大な光の塊となる。

 そしてついに、カリバーンの刃から超高速で光線が放たれ、標的に向かって一直線に突き進む。到達した瞬間、光は魔人ゲラモを包み込み、全身を浄化するように焼き尽くしていった。


 その光の威力はあまりにも絶大で、ゲラモの絶叫が響く間もなく、肉体は跡形もなく塵と化し、風に吹き飛ばされて消えていった。


 その跡には、城の壁を貫いて外まで通じる、綺麗な丸い穴だけが残された。

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モブ騎士に転生したので全力で異世界を楽しむ 句木緑 @kukimidori

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