5.プロポーズの相手が違います


 ノアから目を逸らすように睫を伏せたエドワードは、見るともなしに手元の手帳に視線を落とした。

 びっしりと埋め尽くされた文字には、婚約者リストの女性たちのことが事細かく書き込まれている。ノアと合いそうな女性のことは特に詳細に調べあげ、有力な候補者として印も付けてある。


 しかしどんなにエドワードが主人のためにと奔走したところで、本人は望んでもいないことだ。自分がわざと呪いを受け、強制的にノアを結婚させようとしていることに、少なからずエドワードは後ろめたさを感じていた。


(なんとしても、ノア様が結婚したいと思うお相手を見つけなければ)


 エドワードはそう強く決意すると、手帳をテーブルに置いた。


「ノア様は好きになった女性でなければ婚約しないということですか? それだと本当に、一年以内では難しいと思うのですが……」


 遠慮がちなエドワードの声に、店内のウェイトレスへと軽く手で合図していたノアは気のない一瞥を寄こした。


「婚約しないとは言ってない。誰を連れて来られても、好きになることはないと言っているんだ」


 そう言うと長い脚を組み替え、ノアは悪戯を思い付いた子どものように口角をあげる。


「金が目的なら、いっそのこと契約結婚を提案するのはどうだ? じーさんがお前の呪いを解いたら離縁する。金は相手の好きな額を与えてやれば、互いに利益を得ることになる。どうだエディ、いい考えだろう」


 自信満々なノアの発言に、エドワードは呆れたように首を横に振った。


「なにがいい考えなんですか、ダメに決まってるでしょう。ノア様こそ勘違いしないで頂きたいのですが、私と旦那様の意見は一致しています。ノア様が素敵なパートナーと出逢い、幸せな結婚をすることが我々の望みです。偽りの結婚をしたところで、私は呪いを解いてもらう気はありません」


「ほう……俺の幸せを望んでいるのか、エディ」


「当然です」


「なら話は簡単だ」


 ノアは満足そうに頷くと、両腕をテーブルにのせてエドワードに顔を近付けた。


「今すぐ婚約者探しをやめて、お前が俺と結婚すればいい」


 唐突な提案に、エドワードの口から思わず「は?」と怪訝な声が漏れた。


「な、なにを言ってるんですかっ……」


「俺の幸せが望みなんだろ? 俺が結婚したいのはお前だ、エディ。婚約者が見つからなければ、じーさんの所に連れて行くと言ったじゃないか。いくら探してもどうせ見つからないぞ。なら時間を無駄にせず、最初からエディを婚約者にすればいい」


 すべての時間が止まったかのように、エドワードは息を呑んだ。なにか言おうと唇を動かしても、音になる前に喉の奥で消えていく。


(落ち着け……揶揄からかってるだけだ……)


 蠱惑的な笑みを浮かべているノアの美しい顔からは、真意が読み取れない。

 お騒がせな主人が、また自分を困らせようとしているに違いない。そう言い聞かせて、エドワードはなんとか声を絞り出そうとした。


「──それ、最高です!」


 エドワードが言葉を発する前に、突然第三者の明るい声が割り込んできた。いつの間にかテーブルの横に立っていた人物を、二人は同時に見上げる。


「アンナさん……なんですか、最高って」


 白シャツに黒いエプロンを腰に巻いた制服姿の若い女性が、大きな瞳を輝かせてエドワードとノアに熱い視線を送っている。


「ごめんなさいっ、邪魔するつもりはなかったんですけど……ウィンターさんのプロポーズが聞こえてしまって……つい、もう我慢できなくて」


 両手を顔の前で組みながら興奮した様子の彼女は、この喫茶店の看板娘のアンナだ。エドワード達とも顔馴染みであり、女嫌いのノアが普通に接することのできる女性でもある。

 ノアに対して微塵も好意や計算のない女性なので、気にすることなく接することができるのだろう。


「プロポーズじゃありませんよ!」


「あ、大丈夫です! 私、偏見とかまったくないんで! いつもお二人のことを陰ながら見守っていたので、もう、感動してしまって……」


 言いながら瞳を潤ませるアンナの姿に、エドワードは唖然とした。

 どうやら彼女は男同士のただならぬ関係を想像し、二人を温かく見守ってくれていたらしい。


「おい、注文いいか? 今日のおすすめのデザートと、コーヒーを頼む。ホットで」


「はい、おすすめは旬の栗を使ったモンブランになります」


「ああ、コーヒーと一緒に持ってきてくれ。エディはなにか頼むか?」


 涼しい顔で何事もなかったかのように振る舞うノアを見つめながら、エドワードは機械的に首を小さく横に振った。


「ん、じゃあそれで」


「かしこまりました! すぐにお持ちしますね」


 にっこりと微笑んだアンナは、ご機嫌な様子でひとつに結んだ髪を揺らしながら店内に戻っていった。



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