4.愛のある結婚を探しましょう


 * * *



 首都の街はどこも賑やかだ。華やかな王宮のある地区に近付くほど街には人が溢れ、店も住む人々も多くなる。歴史ある建造物がいくつも残る王宮近辺は、伝統的な街並みをそのままに、観光客も意識された美しい街のひとつでもあった。


 ノアとエドワードの住む屋敷は首都に位置しているが、ほとんど端の方に居を構えたので、人で賑わうというよりは豊かな自然に囲まれた比較的静かな地域だった。

 屋敷からほど近い街は古くからある昔ながらの住宅や店舗が並び、石畳で舗装された道がいくつも繋がっている。

 観光客よりも街の住人が道を往来し、そこかしこから子どもの笑い声やご近所挨拶が聞こえてくる。ほどよく栄えた長閑のどかな地域は、特に不便なこともなく、ノアとエドワードにとって大変住み心地のいいところだった。


 王太子のライアンに王宮近くに住むことを勧められたことにより、天の邪鬼なノアが敢えて王宮から離れた場所を選んだ結果だ。



「で、婚約者候補はどこにいるんだ?」


 街で人気の喫茶店で大きなパフェを注文したノアは、外のテーブル席で道行く人を眺めながら、向かいに座るエドワードに訊ねた。


「あちらに花屋があるでしょう。そこのお嬢様のマリーさんです。私はたまにお店のお世話になっていますが、ノア様は彼女をご存知ですか?」


 エドワードは手にしている手帳から顔をあげ、喫茶店のほぼ正面向かい側を見る。今居る常連となっている喫茶店とは、道を挟んで反対側にある花屋のことだ。


「ご存知ですかって……近所のリリーに花屋のマリーだと? この辺りに住んでいれば嫌でも顔ぐらい知ってるだろ。手っ取り早く近場で済ませすぎじゃないのか、あのじーさん」


「いいじゃないですか、顔見知りのほうが。お相手の方もノア様をご存知なわけですし」


「俺は話したこともないぞ」


「それはそうでしょうね」


 ご存知かは確認しておいて、話したことがないのは聞かずとも分かると言うエドワードに、ノアは不満顔でクリームがのったスプーンを口に運ぶ。


「じーさんの話じゃ、リストの女は俺と結婚する気があるようじゃないか。あの娘は俺のことが好きなのか?」


「ああ……そのことなんですが……」


 自分の注文したチーズケーキを食べようとして、エドワードは逡巡しながら手を止めた。


「隠しても仕方ないんで言いますが、花屋のご主人が腰を痛めたそうなんです。人手的にも金銭的にも経営が少し厳しくなってきたようで、ノア様との結婚で花屋を続けられるのならと、マリーさんは身を切る思いで結婚を承諾しているそうですよ」


「……それはつまり?」


「ウィンター家からの支援が目的ですね」


 あっさりとそう言って、エドワードはチーズケーキを口に含んだ。


「家の金が目的ってことか? そんな女と結婚なんてできるわけないだろ!」


「仰りたいことはよく分かりますが、そもそも彼女がノア様を好きだとして、ノア様はその気持ちに応えることができるんですか? 女性に近付くのも嫌がるから、今この喫茶店にいるんじゃないですか」


 直前になって「いきなり女と目の前で話すのは無理だ」とノアが駄々をこねたので、仕方なくこの喫茶店に入ったのだ。


「お金でもなんでも、目的のはっきりした結婚のほうがノア様にはよろしいのでは?」


「……俺に愛のない結婚をしろと言うのか」


 ノアの口から出た言葉に、エドワードは目を瞬いた。


「愛のある結婚がお望みですか?」


「好きでもない女と一緒に暮らせるわけないだろ!」


 持ち手の長いスプーンを振り回して叫ぶノアを見て、それもそうかとエドワードは頷いた。女嫌いのノアに、お金目当ての相手を紹介するなんてどうかしている。彼は意外にも繊細なのだ。


「うーん……でもそうなると困りましたね。婚約者リストの半分以上の人が、ウィンター家の財産目当てですよ。あとは魔法使いの子どもが欲しいとか、ノア様の外見を好んでいる女性とか」


 手帳のページを捲りながら、エドワードは悩ましげに首を傾けた。


「……まともな奴はいないのか?」


「まともと言いますか……まあ、それ以外の方だとかなり絞られますね」


「何人だ」


「五人……いや、四人ですね。うち一人? はリリーです。リリーはノア様のことが大好きですし、ノア様もよくオヤツをあげているぐらいですから相思相愛ですね。やはり一番おすすめです」


「……冗談だろ?」


「半分くらい本気です」


 エドワードが爽やかな笑顔で答えると、ノアは真顔で黙り込んだ。現実を直視するのを早々にやめて、目の前のパフェを黙々と食べ始める。


(愛のある結婚か……それが一番難しいような……)


 犬のリリーとの結婚はほとんど冗談として、エドワードはみるみるうちに減っていくパフェと、主人の端正な顔をじっと見つめた。


「ノア様……由緒ある家門の方々は、今も政略結婚は当たり前です。最初はどうあれ、結婚後に愛が芽生えたなんて話もよく聞きます。リリーを除いた三人の方でしたら、ノア様と面識もありますし、一度会ってみませんか」


「会うのは別に構わん。お前の好きにしたらいい。ただ……」


 パフェを素早く食べ終えたノアは、椅子の背に身体を預けた。


「勘違いするなよ、エディ。俺は結婚なんかしたくはない。あくまでも、婚約者探しはお前のためにやっていることだ。お前が納得できるまで、俺はお前に付き合う。リストの女全員と会えと言うなら、それも構わん。だが、他の誰かを好きになれというのは、俺には不可能なことだと言っておく」


 低く真剣な声に、エドワードは微かに瞳を揺らした。射抜くようなノアの強い眼差しに見つめられると、いつも胸の奥が苦しくなる。ぎゅっと誰かに心臓を握られているような気分だった。


(どうして、そんな目で私を見るんだ)


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