第31話 ああ…なんでもないだろ

 行き場のない怒りが半狂乱に駆け巡る。俺の父親は死んだと言うことなのか?なんなんだよ。どうして目の前の奴はこうも穏やかな表情で立っていられる?


「俺は…。」


「蒼井…いえ、お兄様。あなたの行き場のない怒りは…私には計り知れないものでしょう。」


 駄目だ…熱くなりすぎるな。アマネから目を離すべきではない…。


「確かに…お父様はあなたを捨てた。ですが…それもあなたを生かす為だったと…私は思っています。」


「俺を…生かす…?」


「お父様はよく言っておられました。私は、彼に殺されてもおかしくないだろうね。と。まるでそれでもいいと言うように穏やかな顔で。」


「な、なんだってんだよ…俺の父親は…どういう奴なんだ!!」


「同時に…こうも言っておりました。あなたを巻き込みたくない、と。」


「巻き込みたくない…?」


「貴方には…知る権利があります。あなたがどうして生まれたのか、あなたの力はなんなのか。これからどうするのが正解なのか。」


「お前は…それを知っているのか?」


「私も詳しくは知りません。結局はお父様の頭のなかで完結していたことなのでしょう。だから…一緒に知りに生きませんか?」


「一緒に………?」


 こいつも…なにも知らないのか?俺の親父が何をしようとしていたのか。何をしているのか。


「俺は…。」


 そうだ。俺は父親のことについて知りたかった…いまここでついていけば…それが解る。


「二葉って言ったな…案内してくれるか?その場所に…。」


「待って!一樹くん!!危険すぎるよ!!」


「七瀬さん…俺、本望なんですよ。父親の真相に近づいて死ねるなら。俺の力が足りなかった。それだけです。」


「でも…それでも…。」


「いいんです。俺はそう簡単にはくたばりませんから。」


「だったら私も―――――。」


「これは…俺の問題です。大丈夫ですよ。」


「一樹くん…。」


「じゃあ改めて…頼めるか…二葉…。」


「…はい。」


 そうして俺は百出、二葉とともにその場所に赴くこととなる。


 つれてこられたのは大きなビル…だが…なんだあれは…?


「あれが、現在の白一さんです。」


「ど、どう言うことだ!?」


「…行けば解ります。」


 最上階…難なくたどり着くその黒い球体。


「この中に、あなたの求めるものがあります。」


『課題―――入るな』


「なるほど…命の保証はない…と。」


 まあ、ここまで来たんだ。それに…最近お前の忠告は意味をなさないことが多い。俺は…求めるもののために進む。

 黒色の球体のなかに、俺の姿は消えていく。


「お兄様…。」


「おや、追わないんですか?あなたも、白一さんに対して思うところがあるようでしたけど。」


「…私も行ってくる。」


 中に入るとそこは…どす黒い闇に包まれただけの空間であった。


「お兄様…。」


「来たのか…。」


「私も一緒に知ると言ってしまったので。」


「そうか。」


 だが、こうも真っ暗ならなにも解らないだろう…そう思った矢先、くっきりと人が見えた。


「あれは…?」


「あれ…と言いますと…?」


 二葉には見えていない?ともすればこれは…幻覚の類い。なにも考えなくても良いだ…ろう…。


「…。」


「どうされました?」


 悪趣味だ。俺の父親と言うのは本当に…。


 あの日、記憶の奥底に封印したあの姿。


「母…さん…?」


 首筋に包丁をあてがう彼女の姿。憎たらしくこちらに向けられる冷ややかな視線。まるで人でないものを見るかのように彼女は俺を見下ろす。

 まだ幼かった俺を…。


 ダンジョンによる大災害の日。彼女は何かを悟った。ああそうか…そうだった。お前が1番始めに言ったこと…そうだったな。


『課題―――父親を殺せ』


 こんな悪趣味な幻覚まで使って…そんなに俺を焚き付けたいかね…白一 努。


「な、何が見えているんです!?大丈夫ですか!?」


「ああ…大丈夫だ。お前も気を付けておけ。この空間は人のトラウマに作用した幻覚を見せるらしい。」


「人の…トラウマ…。」


 ダンジョンの精神汚染にも似ているかもな。


「行こう。こんなところで止まってる場合じゃない。」


 1歩進む度に、ページがめくられるみたいに頸にあてがった包丁がその肌を引き裂いていく。

 血が吹き出し、目に生気がなくなったらまた初めから。


「お兄様…大丈夫…ですか?」


「ああ…なんでもないだろ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る