第30話 誰かが叫んでいる
薄ら笑いを浮かべる俺の目の前の男。俺が全ての現況だと踏んでいる男。白一 努。
もう人の形を保っていない。宙から垂れた糸に繋がった馬鹿デカイ掌の中心くらいに奴の体が埋め込まれている。気色の悪い異形だ。
「来いよ…三浦 壮介。 」
お望み通り…俺は大地を蹴る。
スキル―――轟拳
単純明快。自信の力を極限まで底上げする。小難しいことは好かん。
だが、それでも今の奴は異常であった。指…に該当する部分。それに叩きおとされる。
あまりにも強いパワーである。がだ…俺もダンジョンに当てられたか。血が滾る。
立ち上がり、今度はあの目でとらえられない程の速さで距離を詰める。そしてむき出しのその上半身に、一撃を叩き込む。
衝撃波はその空間全域に及ぶ。凄まじいまでの重量。しかし、久方ぶりに高揚する。
後方に弾け飛ぶその掌。動かせない重量ではない。しばらくしてそいつは一言言いやがった。
「ああ…うん。痛い。多分、痛いと思う。」
これで痛いと思う…だけ。
「いいだろう…なら何十…何百と重ねるだけだ。付き合ってもらうぞ…。」
「暑苦しいねぇ…大っ嫌いだ。そう言うの。」
そうして、もう一度拳を握る。その時だった。
甲高い、空を裂くような悲鳴にも似たそれは聞こえてきた。
「…誰かが叫んでいる…?」
――――――――――
私は…こんなときどうしたら良いのだろうか。百出さんは戦闘不能。かく言う私も、立ち上がることさえ出来ない。
「親父はどこだ?そして、お前たちの目的はなんだ?」
「僕たちの目的ですか…世界平和…と言ったところですかね。」
「…そうか…大層なことを掲げるな。」
確実に怒気を孕んだ彼の声。これがお父様の言っていた…蒼井 一樹…私の兄…。
「しかし…この有り様を見るに世界平和とは到底かけはなれた状況だが?」
「白一さんには白一さんの思い描く理想があるのです…。」
「…その理想に俺はいない…と…。」
「あながち…そうとも言いきれませんよ。白一さんはあなたを…引き込もうとしていた。」
その言葉に彼は反応する。
「俺を?ふざけるなよ?」
慣れた手つきでナイフを取り出す。
「一樹くん!!」
駄目だ…私じゃどうにも出来ない。声さえ出れば…声さえ出せれば…。
振りかぶる男…私じゃ…なんの役にも立たないの?
「嫌だ…。」
ふと呟いた。よかった…きちんと声は出る。
「嫌だ…うわぁああぁあああぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
力を乗せる。スキルを発動させるもっと…もっとこんな空間打ち破るくらいに叫べ…叫んで破壊しろ…!!
スキル―――
最強の矛。声の届く範囲全域を、私の意思で破壊するスキル。これをしのぐもの等…ない。
建物の窓が割れるし。道がひび割れる。目の前の男にその力を一点集中させている筈なのに…これだけの被害が出ている…私の魔力操作はまだ甘いらしい。
「はぁ…はぁ…百出…さん!!」
動ける。あの特殊な空間…やはり、私にだって―――――。
「逃げろ!!」
へ?今のは百出さんの声?
「うるせぇ…。」
え…?なんで…?なんで死んでないの?何で効いていないの?これがお父様の言っていた…盾ってこと?
「お前…俺の妹らしいな。俺の親父のことも知ってるんだろう…?」
だ…駄目だ…ダンジョン以上の何かに…呑まれている。取り憑かれている。
「教えてくれ…俺の父親は…どれほどのクズなのか。母さんを殺したあの男が!!どれ程薄情なのか!!」
怒りか…悲しみか…恨みか…辛みか…その全ての入り交じった表情で…彼は私に問う。
そうか…お父様はこの男を…私の兄を捨てたのだ。その意図は…私にも理解出来ない。
曰く…彼は出来損ないと言う評価だった。そんな筈はない。私よりも強い。
「お父様は…それほど悪い人でもありませんよ…?」
「…あ…?」
「私も…お父様については知らないことのほうが多いです。寡黙な方でしたので…ですが…最期にこう言ってくれました。生きろ…と。」
「なんだよ…なんなんだよ!!ふざけるなよ!!俺を…母さんを捨てておいて!そんなの…まかり通るわけないだろ!!信じれるわけないだろ!!それに…最期って…。」
私には…なにも解らない。彼の叫びも。お父様の考えていることも。
「俺は…俺は…なんだったんだよ…。」
こう言うとき、なんと言えばいいのかも…何もかも解らない。
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