第29話 いい、これでいい。これがいい。

 よし、二葉のほうを向いた。ともかく、地面を蹴る。今いるのとは反対側に飛ぶ。ここに隠されていたのか…天音さんは。


 あの一瞬でここまでの判断力…おそらくそれをしたのは彼だろう。


「二葉さん…引きますよ?」


 とりあえず目標は回収した。さてと…そうは言っても司令塔がつぶれているからな…どこに持っていくべきか…。


「二葉さん?」


 ああ…ああ…なるほど。これが白一さんが言っていていた彼の恐ろしさですか…。

 隙の1つもない。


「ちょっと…色々と気になることができた…百出とか言ったな…?親父はどこだ?」


「何をする気です?」


「俺のスキルは殺せと言っているが…色々と話をしてみたいもんでな。」


「悪いですけど、私達も急いでいる身でして。」


「なら、急がせなければいい…。」


 彼がそう言いはなったとたん、急に体が重くなる。足に力が入らない…これは…威圧?だがそのスキルだとしても強者にはここまでの効果はない筈…まさか…これが最強の盾の力?


「親父はどこだ?そして、お前たちの目的はなんだ?」


 近寄って来る。これは…流石にまずい。喉元に一撃…とも思ったが、指の1本も動かない。なんだ…なんなんだこの異質な状況。

 これが白一さんが豪語した最強のスキルなのか?


――――――――――


 発動させちゃったな…私の最期のスキル。まあいい…色々とやってきたけど私はそこまでできた頭はしていないのだよ。


 空想に取り憑かれた者の尻拭いなどしたくはなかった。だけど仕方がないのだ。


 我々センチピードが発足したのは現在より25年前の話である。ことの発端は私が父親の部屋で発見した資料であった。

 そこには、近いうちに起こるであろう大災害についての予言があった。それこそダンジョンの発生である。

 無論そんなもの最初は信じなかった。


 だが、信じざるを得ない状況に陥る日が来た。


 公にはダンジョンの大災害が発生したのは今から10年前となっているが、本来は違う。この世界にはじめてのダンジョン出現したのは25年前である。

 正確には、ダンジョン核なのだが…しかしそれは父親の残した資料に合致するものであった。

 ものは試しとそこから発足した「スキル」についての研究を開始した。


 そうして本当に出来上がってしまった。スキル―――提言である。

 そこから私は仲間を集った。最終的に少数ではあるが組織として発足することができた。来るダンジョンの大災害に向け、我々は研究を続けた。父親の残した資料をもとにダンジョンの管理システムの構築、行政との連携の用意等、迅速な対応を可能にしていた。


 しかし、何より気になっていたのはダンジョンが人々に与える影響について残された資料であった。


―――――ダンジョンの核には人の精神に影響を及ぼす効果がある。それは人がダンジョンに入ったときもそうであるが、産まれた瞬間もっとも大きな影響を及ぼす。

不安よりも、非日常による高揚感を増幅させ安心させようとする。これが何よりの問題である。私の接触したムカデの怪物もこれを何より危惧しており、この特性を利用した有翼人によるこの世界の進行も非常に警戒するべきものである。


 ―――――あの野郎いったいどんな経験してきたんだ。


 と、愚痴はその辺にしておこう。


 まあ、どっちにしたってこれは私がけじめをつけるべきことだ。本来私だけで…けじめをつけることだったのだ。


「親として失格だな…。」


 あぁ、もう本当に嫌になるね。こんな選択しか出来なかった私を恨むよ。


 と、早くもあの脳筋が来たみたいだな。


「やあやあ、早かったね?」


「な…なんなのだ…貴様…その姿は…?」


「何って見て解らないかい?私はここのボスだよ?」


 私の姿…もう人でもなんでもないただの怪物だろうね。ただ、よっぽどおぞましいらしい。目の前のソイツは恐怖している。


「もういいんだ。この空間は私を殺さない限り解かれることはないからね。さあ…殺してくれよ?」


 相手はサン シュヴァリエ1の実力を持つ男…いやはやお手並み拝見と行こうかね。


「聞きたいことが山ほど有るんだが…教えてはくれないのか?」


「まあ、そうだね…教えたところで…君が私を信じてくれるとも思わんさ。それに何より…ダンジョンの核の影響だろうね。私は今、凄く君と闘いたい…。」


「貴様…。」


「なに、大丈夫さ。資料なら私のデスクに有る。漁ってみるといい。もっとも、君が生き残っていたらの話にはなるがね。」


 どうやら彼は覚悟を決めたようだ。いい、これでいい。これがいい。

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