第20話 怒れるシエル

 「これはどういう状況ですか……?」


 リオンが山賊の残党たちと一悶着を起こした翌朝、シエルはリオンに説明を求めていた。

 シエルは昨夜の間はずっと熟睡しており、リオンが大立ち回りを演じていたことには微塵も気づいていなかったのである。

 何事もなく眠っていたはずが朝になってみれば壁に穴が開いており、その向こうでは大人が三人伸びている。

 シエルには目の前の光景に対する理解が追い付かなかった。

 

 「あー、それはね……」


 リオンは少し気まずそうに事の経緯を説明した。

 目の前で伸びている三人はかつて父が滅ぼした山賊一味の生き残りであること、彼らが自分を狙ってこの宿に誘い込んだこと、そして自分がそれを返り討ちにしたこと。

 経緯を知ったシエルはカッと目を見開いた。

 キツネ族特有の針のような縦に鋭く尖った瞳孔が全開になり、威圧感を与える。


 「リオンさんを傷つけようとしたのですね?そんな輩は消しておかなければ……」


 シエルは敵愾心をむき出しにしてそう言い放つと杖を手に取り、その先を山賊たちに向けた。

 リオンを傷つけようとしたことに対する怒りで魔力が増幅され、全身から金色のオーラになって漏れ出てくる。


 「シエル!?ボクはこの通り大丈夫だから!」

 

 それを見たリオンは慌ててシエルの前に立ちはだかって制止をかけた。

 魔術師であるシエルが魔術を以てすれば人間の一人や二人跡形もなく消し飛ばすことなど雑作もない。

 それどころかそんなことをしようものなら被害はそれどころでは済まないのはリオンには明白であり、血生臭い展開になるのは避けたかった。


 「いいのですか?こんなのを野放しにしておいても」

 「よくはないだろうけど……」

 「じゃあやはりここで消しておいた方が」

 「とりあえず『消す』という考えを忘れようか⁉︎」


 頭に血が上っているシエルはとにかく凶暴であった。

 アズマの国民性を野蛮と評したこともある彼女だったが殊リオンのことに関してはどっこいどっこいである。

 そのあまりの短絡ぶりにリオンも突っ込まずにはいられない。


 「キミたち反省してる?」

 

 リオンはシエルを制止させると山賊たちに反省を促した。

 山賊たちはせめてもの抵抗で悪態をつこうとするがリオンの背後から無言でこちらを睨むシエルの圧に押し負けて何も言えない。


 「大変、反省してます」

 「もうこれから先、悪事は一切致しません」

 「この通りです」


 山賊たちはリオンとシエルに見事な土下座を披露した。

 土下座はアズマ国民にとっては自らの矜持を完全に捨て、相手に譲歩することを示す最上級の誠意の証である。

 それを知っているリオンはこれ以上言葉で咎めるつもりにはなれなかった。


 「キミたちが反省してるのはよくわかったよ。でもそれはそれとして何かしてもらいたいなぁ」

 「なんなりとお申し付けを」

 「そうだなぁ……」

 「それなら宿代をタダにしてください」


 リオンがどう誠意を見せてもらうか考えていたところにシエルが割り込み、宿泊費の踏み倒しを要求した。

 怒りは幾分か収まり、全身から漏れ出ていた魔力は鳴りを潜めている。


 「宿主が利用者の命を脅かそうとしたんですから、それぐらいは当然ですよね?」


 シエルはリオンに代わって山賊たちの前に出ると蔑みの眼差しを向けながら圧をかけた。

 理屈自体は筋が通ったものであるがそれ以上にシエルから放たれる威圧感がものすごく、山賊たちは正座したまま黙って首を縦に振ることしか出来なかった。


 「せっかくですからお風呂と朝食もご用意してもらいましょう。昨夜はお風呂に入りそびれてしまいましたし、夕食も少しもの足りませんでしたから」


 シエルは有無を言わさず要求を追加した。

 そんな彼女の一声に隷従するかの如く山賊たちは厨房と風呂場にすっ飛んでいった。

 口先ひとつで人を扱き使うシエルの姿にリオンは異国の貴族の姿を見た。


 「ありがとうございました!またのお越しを!」


 山賊たちから一通りのもてなしを受け直したリオンとシエルは宿を後にして次なる旅路へと出発した。

 気に食わない相手を徹底的に扱き下ろしたことでシエルはさっきまでの怒りをすっかり忘れて上機嫌であった。



 「今日は朝から気分がいいです」

 「ボクはちっとも休まった気がしないよ……」


 リオンはシエルの横で疲労感を覚えるのであった。

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オオカミ王子♀とキツネちゃん 火蛍 @hotahota-hotaru

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