第17話 隣村とオオカミ族
昼下がりを過ぎ、西の空がほんのりと茜色に染まりかけた頃。
リオンとシエルは家屋が集まった集落を発見した。
「着いたよシエル。ここがヒエン村だ」
ヒエン村、そこはリオンの故郷から南に進んで隣にある村である。
同じ国の隣村ということもあり、村の景観はほとんど差がなかった。
「思ったよりも早く着きましたね」
シエルは予定よりも早く目的地に入ったことに感心していた。
方向音痴の彼女一人なら少なくとももう一日はかかっていたはずである。
リオンがガイドに入ることで迷わず進むことができたため、これまでとは比較にならないほどに早く進むことができた。
「さっそく泊めてもらえる場所を探そうよ」
「そうですね。行きましょう」
ヒエン村に入った二人は一夜を過ごす宿を探して村の通りを歩いた。
夕刻が近づいており、人が暮らす場所で夜に外を出歩く理由もない。
「すみません。ボクたち隣村から来たんですけど、この近くに宿か民宿ってありませんか?」
リオンは通行人に声をかけて宿の所在を尋ねた。
「この通りをこのまままっすぐ行って、その先にある角を左に曲がったところに屋根が赤色の建物がある。そこが民宿だよ」
「ありがとうございます!」
リオンに声を掛けられたヒツジ族の男は親切に民宿の所在と道順をリオンに教えた。
リオンはその道順を一発で覚えるがシエルはまったく覚えることができずに後ろで首を傾げた。
「さっきの道順をたった一回で覚えられたのですか?」
「もちろん。逆にシエルはできなかったの?」
「道を覚えるのはどうも苦手で……」
シエルは道を覚えるのが苦手だと自負した。
地図を読めない、道を間違えて逆方向を行くなど、彼女の過去の所業を鑑みるとそれは疑いようのない事実であるため、ここまでくるともはや呪いの類なのではないかとリオンが考えてしまうほどであった。
「魔術のことはちゃんと覚えられるのにね」
「それは言わないでください!その気になれば道だってきっと覚えられるはずです」
リオンがシエルをおちょくりながら道を歩いていると、二人はついさっき教えられた赤い屋根の建物の前にたどり着いた。
言われたことが本当であればここが民宿のはずである。
リオンは意気揚々と建物の戸を開けた。
「ごめんくださーい!民宿だと聞いて尋ねてきたんですけどー」
建物の中に上半身を乗り出しながらリオンが尋ねると建物の奥からネコ族の女が顔を覗かせた。
ネコ族の女は静かにリオンたちに接近すると両手を合わせて丁寧なお辞儀をした。
「ようこそおいでくださいました。ご宿泊でしょうか」
「はい。一泊二日でお願いします」
ネコ族の女に用件を尋ねられるとリオンに代わってシエルが宿泊の手続きを済ませた。
これまで旅の中で何度も宿を利用してきているため、こういったやり取りは手慣れたものであった。
「お部屋はこちらをお使いください。陽が沈むころになりましたらお夕食をお持ちいたしますので、ごゆっくりどうぞ」
ネコ族の女はリオンとシエルを部屋に案内すると静かに戸を締めて去っていった。
宿泊に利用する部屋はリオンの実家の母屋と構造がほとんど変わらず、リオンにとっては実家に戻って来たような感覚であった。
「リオンさんのご実家と似ていますね」
「隣村だし、家の造りもほぼ同じなんだろうね」
リオンとシエルは荷物を降ろすと腰を下ろしてくつろぎ始めた。
隣の部屋からはわずかに他人の話し声が漏れてくる。
どうやら他の利用客もいるようであった。
くつろいでいたシエルは周囲の話し声に聞き耳を立てると次第に怪訝な表情を浮かべ始めた。
鋭敏な聴覚を持つ彼女の耳には他の部屋の利用客の会話がすべて筒抜けになっていたのである。
「どうしたの?」
「この宿の利用客、話していることがどうも変です」
シエルは自分が耳にした他の利用客の会話の内容を小声でリオンに伝えた。
それと同時にリオンに静寂を促し、部屋の壁に耳をくっつけてより正確な会話の内容を傾聴を試みる。
「やはり変です。青髪混じりの黒髪のオオカミ族なんてリオンさんのことを話しているとしか思えません」
シエルが耳にした会話の内容。
それは自分やリオンの外見や持ち物などの特徴を共有しているかのようであった。
まるで悪事を働く前の下準備をしているかのようであり、シエルは嫌な予感を募らせる。
リオンも野生の勘が働き、自分たちに向けられた敵意を感じ取った。
「警戒した方がいいかもね。しばらくはボクの傍を離れちゃダメだよ」
「そうさせていただきます」
リオンは腰脇から外した剣を再び手に取り、シエルを庇いながら民宿のどこかに潜む敵意に備えたのであった。
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