第18話 変な民宿

 リオンは剣の柄に手をかけ、いつでも抜刀できる状態にしながら警戒態勢に入った。

 シエルも耳をピンと立て、周りの音を伺いながら杖を握りしめる。


 リオンとシエルが部屋の中央で身を寄せ合い、身構えていると誰かがリオンたちのいる部屋の戸を叩く音が響いた。


 「失礼いたします。お夕食をお持ちいたしました」


 戸を叩いたのはネコ族の女であった。

 どうやら夕食を運んできたようである。

 ネコ族の女が戸を半分ほど開き、様子を伺ってきたことでリオンとシエルは軽く警戒を解いてネコ族の女を通した。


 「しばらくしましたらお皿を下げに参りますので、それまでごゆっくりどうぞ」


 ネコ族の女は夕食を配膳するとそそくさと引き返していった。

 女がいなくなったところでリオンとシエルは夕食にありついた。


 「特に変わったところはなさそうですが……」

 「少なくとも見た目はね」


 リオンとシエルは配膳された夕食に対しても警戒が抜けなかった。

 夕食は米と吸い物、おかずに焼き魚が一尾、付け合わせに葉野菜の漬物とお茶が用意されている。

 アズマではありふれた献立で見た目には特段変なものはなかった。


 「少し待ってて」


 リオンは吸い物が入った茶碗を手に取るとそれを鼻先に近付けて匂いを嗅いだ。

 オオカミ族の嗅覚をもってすれば異臭の嗅ぎ分けができるため、舌で触れずともある程度の毒見ができる。

 

 「毒はありそうですか?」

 「吸い物の匂いが変だ。鼻の奥が痺れるような感覚がする」


 リオンの嗅覚が吸い物の匂いの中の違和感を捉えた。

 刺激的な匂いがツンと鼻奥に刺さり、身体が痺れるような感覚を覚える。

 違和感の原因は具材に使われているキノコであった。

 

 「他は大丈夫そうだよ」

 「貴方の鼻を信じます。吸い物だけ避けておきましょう」


 リオンの嗅覚は吸い物が怪しいことを検知したが他は概ね問題なさそうであった。

 シエルはそれを信じ、二人は吸い物を避けて夕食を摂ることにした。


 「おいしいですね」

 「うん。ちょっと怪しいところはあるけど……」


 二人は夕食に舌鼓を打った。

 料理の味は特に変なところはなく、いたって美味であった。

 お茶も普通で、吸い物さえ避けてしまえば普通の食事と変わりはなかった。


 「これ、どうやって説明しようかなぁ。正直に話したら失礼だもんね」

 「私が上手く取り繕っておきましょう」


 シエルは吸い物に手をつけない理由を考えた。 

 言い訳や嘘を考えるのは根が正直なリオンよりも彼女の方が適任である。

 リオンもそれを自覚しているため、シエルに任せることにした。


 「失礼致します。お皿を下げに参りました」


 夕食を終えて十数分後、ネコ族の女が皿を下げにやってきた。

 

 「おや、こちらはお気に召しませんでしたか?」

 「申し訳ありません。中の具材にどうしても苦手なものがありまして……無礼を承知で残させていただきました」

 「いえいえお気になさらず、こちらも確認を怠っておりましたので」


 シエルが吸い物を残した理由を取り繕うとネコ族の女は丁寧な物腰で応対しながら皿を回収していった。

 

 「あの人、戸の向こうで舌打ちしましたよ」

 「えぇ……」


 シエルはネコ族の女が舌打ちをしたのを聞き漏らさなかった。

 リオンの嗅覚に狂いはなく、確かに吸い物に何かが仕込まれていたようである。


 「あちらも一旦諦めてくれたようですよ」

 「それはよかった」


 一服盛るのに失敗したのに加え、こちらが意図的にそれを回避したのを察したのか宿側の何者かも一旦リオンたちを狙うのを諦めたようであった。

 夜を迎え、ようやく安息を迎えることができた。


 「安心したら眠くなってきました……ふわぁ……」

 「お疲れシエル。先に休みなよ」

 

 欠伸をするシエルにリオンは休眠を促した。

 シエルはリオンよりも体力で劣っている上に昼間は移動続きだったのに加え、宿に入ってからもさっきまで緊張詰めにされていたことで今度こそ疲労困憊状態であった。



 「ではお言葉に甘えて、おやすみなさい」

 「おやすみシエル」


 シエルは甘えるようにリオンに膝に寄りかかるとそのまま膝を枕にしてうとうととまどろみ始めた。

 リオンは膝にかかるシエルの息が静かになるのを見計らい、座布団を一つ足元にに手繰り寄せるとシエルの頭をそこに移し替えて布団を探すのであった。

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