第14話 リオンと尻尾

 道場でのひと騒ぎが一端静まると、リオン邸の母屋は道場の門下生たちや近所の人たちによる宴の会場と化していた。

 皆が酒を酌み交わしながら思い出話に浸り、昼間とは違う形で騒がしくなっている。

 リオンとシエルは宴に乗じる大人たちの隙間を縫って抜け出し、リオンの私室へと戻った。


 「お酒の入った大人たちにはついていけないや」

 「ちょっとしたお祭りみたいで私は面白かったですよ」


 自室でため息をつくリオンの隣でシエルはクスクスと笑う。

 流石のリオンといえども酒の影響で羽目を外した大人たちの勢いには対応しきれなかった。


 「みんなシエルのことを綺麗って言ってたなぁ」

 「お世辞でも嬉しかったですね」


 宴の場で村人たちは皆シエルに言及し、その容姿を褒めていた。

 アズマでは金色の毛並みはほとんど見かけないため、村人たちはその珍しさに目を引かれたのである。

 リオンもまたシエルの容姿に目を引かれた人物の内の一人であった。


 「一目でキミのことを綺麗だと思ったボクの目に狂いはなかったってことだね」

 「自惚れすぎですよ」


 この村で最初にシエルと知り合ったのは他でもないリオンである。

 初めからシエルの容姿に魅力を感じていたリオンの感性は間違っていなかった。

 シエルはまんざらでもなさそうに照れ笑いしながら尻尾を振る。

 リオンはシエルの尻尾に視線を奪われた。


 「やっぱりキツネ族の尻尾って大きいねえ。触ってみてもいい?」

 「仕方がないですね。リオンさんには特別ですから」


 シエルは少ししおらしい様子で後ろを向くと上に持ち上げていた尻尾をリオンの頬に押し付けた。

 頬に触れる毛並みはまるで羽毛のように柔らかく、その一本一本がまるで宝石のように輝いている。

 リオンは初めて触れるシエルの尻尾の感触を堪能した。


 「フワフワでツヤツヤだ……」

 「毎日のお手入れは欠かしませんから。キツネ族にとって耳と尻尾は命の次に重いんですよ」


 リオンに己の尻尾を触らせながらシエルはキツネ族の事情を語った。

 キツネ族は古来より容姿に優れるものが多く、それを象徴する耳と尻尾の手入れを怠るのは命を捨てるも同然である。

 シエルとて例外ではなく、一人で旅をしていた時ですら毎日の手入れは欠かさなかったほどであった。


 「そうだったのかぁ。オオカミ族にはそんな風習ないんだよね」

 「よければキツネ族流で整えてあげましょうか?」

 「本当にいいの?」

 「リオンさんならいいですよ」

 

 シエルの尻尾を触りながら呟くリオンに対してシエルは後ろを向いたまま提案を持ち掛けた。

 魔術で私物のブラシを呼び寄せ、準備は万端でリオンに断らせる隙を与えない。

 そうしてリオンとシエルは互いの立ち位置を入れ替えた。


 「では、いきますよ」

 「うん。よろしく頼むよ」


 シエルは開始の宣言と共にリオンの尻尾の毛先に手を触れた。

 ブラシの入れ方を探るためにまずはリオンの毛質を見極めるつもりである。


 「んっ……んんっ……!」

 「我慢してくださいね」


 シエルが手探りする最中、リオンは我慢するような声を静かに漏らした。

 キツネ族と違い、耳や尻尾を手入れする習慣のないオオカミ族は自他問わず触れられることに不慣れでシエルの手の感触がとてもくすぐったく感じられたのである。

 そんなリオンに対してシエルは平然とそう言い放って手入れを続行した。


 「硬い毛ですね。これはブラシを入れるのが大変そうです」

 「まだ終わらないかな?ボク、なんだか力が抜けちゃって……」

 「力を抜いていただいた方がこちらとしてもやりやすくて好都合です」


 リオンはもみあげをいじりながらモジモジする。

 そんな彼女の姿を見て弱気になっていることを悟り、諧謔心をそそられたシエルは手入れをする手を止めることはなかった。


 手探りをする中でシエルはリオンの毛質に気づいた。

 リオンの毛は硬く、手を入れるとすぐに形が変わり、ちょっとやそっとでは崩れない。

 ところどころほつれて絡まっているが解きほぐせばいじりがいがある


 「では、ブラシ行きますよ」

 「えっ、まだ入れてなかったの……ふわぁ⁉︎」


 ブラシの毛先を尻尾の毛の中に突っ込まれ、リオンは普段出さないような甲高い声を上げた。

 背筋が伸び上がり時折ビクビクと跳ねるがシエルはそんなことはお構いなしである。

 

 「じゃーん!出来上がりです」


 数分に渡る手入れを終えたシエルは満足げに茶目っ気を出すとどこからともなく鏡を持ち出してリオンにその出来栄えを確かめさせた。

 リオンの尻尾は所々跳ねていた無雑作でボサボサの毛並みから一変し、乱れのない真っ直ぐ伸びた毛並みへと整えられていた。

 毛質の違いや元々の大きさを差し引けばシエルのそれと大差ないぐらいである。



 「すごいなぁ、キツネ族って……」


 リオンはシエルの手入れから解放され、女の子座りに脚を崩しながらへたり込んで息を切らすのであった。

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