第13話 シエルと村の少女たち
リオンとシエルが道場に戻ると、そこには門下生以外の人たちが様々に訪れていた。
その様はまるでちょっとした催し事が行われているようであった。
「シエルはここで待ってて」
リオンは道場の前でシエルを待機させると一人道場の中に入っていった。
「ごめーん!少し通してくれるかな?」
リオンが中に入ろうと声をかけるとそこにいた人々の視線は一斉にリオンの方へと向かった。
そして次の瞬間、リオンは訪れていた人々に取り囲まれる。
「聞いたよリオンちゃん、剣の修行に出るんだって?」
「リオンちゃんがいなくなるとおばさん寂しくなるわぁ」
「お父さんと離れても元気でやんなさいよ」
人々はリオンに口々に言葉を投げかけ、その内容にリオンは驚かされた。
何せ自分が旅に出ることを知っているのは父とシエルだけのはずであり、他所の人間には自分の口からは一度も話していないからである。
「あの、どこでそれを?」
「ここの門下生からだよ。リオンちゃんが修行のために村を出るって」
事の発端はミタカが門下生たちにリオンを旅に出させることを伝えたのがきっかけであった。
それが日も跨がぬうちにあっという間に伝播し、村中に伝わっていたのである。
「そうだ!父上!」
おおよその事情を把握したリオンは道場の奥にいるであろうミタカの元へと向かった。
シエルは道場の門脇からリオンの様子をじっと眺めていた。
「アンタ、さっきリオン様と一緒にいた子だよね」
誰かがシエルに声をかけた。
シエルがそちらに振り向くと、そこには今朝通りすがった村の少女たちの姿があった。
彼女たちはシエルが一人になるタイミングをずっと見計らっていたのである。
「そうですが、どうなされましたか」
「見かけない顔だけど、リオン様とどういう関係なの?」
「リオンさんとはお友達を超えた関係、でしょうか」
村の少女たちがシエルに圧をかけようと問い詰めるとシエルはそれに臆することなく堂々と返した。
シエルの惚気るような口ぶりに村の少女たちは呆気に取られつつもすぐに敵対心を向け直す。
「リオン様とあまり馴れ馴れしくしないでくれる?」
「それはできない相談です」
シエルはかなり強気であった。
すでに好意を直接口にして伝え、それをリオンに受け入れてもらった身である彼女からすれば他の恋敵が何を口にしようと恐るるに足らなかったのである。
「あまり生意気なことを言うようなら……」
「やめておいた方が賢明ですよ。私、こう見えても魔術師ですので」
シエルは手にしていた杖をちらつかせて警告した。
杖の先から怪しげな光が放たれ、シエルの言葉が偽りでないことに説得力を持たせる。
魔術師相手に実力行使では敵わないと本能で悟った村の少女たちはたちまち戦意を喪失していった。
「ここで諍いを起こすより、余所者の私にリオンさんのことを教えてくれませんか」
力の一端を示し、争いを回避したシエルは話題を転換させることを試みた。
通りすがりで一目惚れした自分よりも、昔からずっとリオンを見てきた村の少女たちの方がずっとリオンのことを知っているのは自明の理である。
シエルはそれにあやかってリオンのことをより深く理解しようとしていた。
「いいわ。余所者のあなたにリオン様のことを教えてあげる」
「はい、よろしくお願いします」
立場を立てられてすっかり気をよくした村の少女たちはシエルにリオンのことを教授し始めた。
シエルはニコニコしながら少女たちが語るリオンの像を学習していく。
「リオン様は弱気になるともみあげを指で弄る癖があってね」
「私も一度目の前で見たことがあります。カッコいい王子様も根っこは女の子だって思えて可愛らしいですよね」
「わかってんじゃーん!余所者だと侮ってたけどアンタ見る目あるよ!」
さっきまでのピリついた雰囲気は何処へやら、気がつけばシエルと村の少女たちはリオンの話題ですっかり意気投合していた。
「お待たせシエル!あれ、みんな何の話してるの?」
道場での一騒ぎが落ち着いたところで戻ってきたリオンがシエルの元に帰ってきた。
「じゃ、アタシたちはここで」
「王子様によろしく言っておいてね〜」
村の少女たちは示し合わせ、シエルから離れてリオンとシエルを二人にさせた。
彼女たちにとってシエルは恋敵から一転し、先を行った応援対象へと変化していた。
「楽しそうに話してたけど何を話してたの」
「貴方のことを教えてもらっていました。強くてカッコよくて優しいけど、朴念仁でちょっと残念な王子様って」
「えーっ!ボクって皆からそんな風に見られてたの⁉︎」
揶揄うように言い放たれたシエルの言葉にリオンは目を丸くして驚いたのであった。
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