第12話 愛され王子様
リオンとシエルが互いの想いを知った日の翌朝。
二人はまた朝から村の通りを歩いていた。
昨日調達しきれなかった旅の備品調達のついでにリオンの旅の準備も進める算段である。
「あの、どうして腕を組みたがるのかな」
「私がそうしたいだけです」
シエルはリオンにぴったりくっつき、彼女の腕に自分の腕を絡ませようとしていた。
その意図がよくわからないリオンは首を傾げつつもシエルのやりたいようにさせることにし、それ以上の言及はしなかった。
リオンとくっついて歩くシエルの姿に村の少女たちは皆注目を引かれた。
これまで村の王子様として慕われていたリオンの隣に見ず知らずの少女が仲睦まじそうについている様子は彼女たちにかなりの衝撃を与えた。
シエルはそんな自分に嫉妬の視線を送る少女たちに勝ち誇ったような笑顔を送り返した。
少女たちはリオンの手前何も返すことができず、ただ見ていることしかできなかった。
「リオンさん」
「ボクのことは呼び捨てでもいいよ」
「いえ、これからもリオンさんと呼ばせてもらいます。人を呼ぶときはさん付けをすべしと家で教えられてきたものですから」
「ふーん……ま、キミがそうしたいならそれでいいや」
リオンはシエルに自分を呼び捨てにすることを要求したがシエルはそれをやんわりと拒否した。
元々名家育ちであるシエルにとって誰かを呼び捨てにすることは御法度といえる行動である。
生まれも育ちも庶民のリオンには名家のルールはよくわからなかったが、無理強いするのもよくないと自分に言い聞かせてひとまずは本人の希望に沿うことにした。
「リオンちゃんリオンちゃん」
リオンとシエルが村を歩いているとクマ族の男がリオンに声をかけてきた。
クマ族の男はリオンと顔見知りの関係である。
彼の手には釣り竿と大きな籠が握られており、籠の口からは大きな魚の頭が覗いている。
「さっき川で活きのいい魚を釣ってきてね。リオンちゃんにもお裾分けしたげるよ」
「ありがとうおじさん。きっと父上が喜びますよ」
リオンはクマ族の男と気さくにやり取りすると彼が持っていた魚を紙に絡んでもらい、受け取った。
クマ族の男は釣りを趣味としており、時折持て余したものをこうしてリオンに分けてくれるのである。
そして川魚はリオンの父ミタカの好物であった。
「そっちの子は見かけない顔だね。どこの子?」
「この子はシエル。北の国ノースから来た旅人だよ」
「へぇ、ノースからか。こっちは空気が湿っぽくて大変だろう」
「いいえ、気にするほどではありませんよ」
クマ族の男はシエルにも話を振るがシエルは謙遜して振舞う。
アズマの空気は雨や山林の影響で湿度が高くなりやすいのに対し、ノースは平地続きで気温が低いため空気が乾燥しがちである。
「おじさんどうしてそんなこと知ってるの?」
「ノースに同族の知り合いがいてね。顔を合わせると話し合うんだよ」
クマ族の男はノースに知り合いがいた。
二人は互いに足を運んで顔を合わせる間柄であり、気候の違いは話の種になっている。
「ところでシエルちゃんだったかな。もしかして君は隣の王子様に惚れちゃった身かな?」
「えっ……!?あの、実は……」
「やっぱりそうかぁ。ま、頑張りなさいよ」
「じゃあねおじさん!」
クマ族の男はシエルのリオンに対する感情を察するとそれとなくフォローを入れて静かに去っていった。
何を話しているかさっぱりなリオンはクマ族の男に手を振って見送った。
それからも、村を歩いていれば誰か大人がリオンに声をかけた。
ただの世間話から頼みごとに頼まれごと、その内容は実に様々であった。
そしてそれらのやりとりのすべてにリオンに対する村の人々の愛情が込められているのがシエルには見て取れた。
「随分と可愛がられてますね」
「亡くなった母上の代わりに村のいろんな人がボクのことを育ててくれたようなものだからね」
リオンの母の代わりを務めたのは道場の門下生だけではない。
門下生の家族や村に住む人々が皆リオンに情をかけて面倒を見てきた。
だからリオンにとって村の人たちは皆家族のようなものであった。
「つまりこの村の人全員がこの王子様を作り上げたと……」
「何か言った?」
「なんでもありません」
シエルは独り言をこぼし、それを聞いたリオンに尋ねられるとすぐに誤魔化した。
リオンの剣術と王子様な振る舞いは道場の門下生たちによって作られたものだが人情溢れる性格は彼女を取り巻く村の人たちによって作り上げられた。
つまりこの村そのものがリオンという王子様を育てたのである。
「あれ、どうしたのかな」
リオンは小さな異変を感じ取った。
村の人たちが皆同じ場所に移動をしていたのである。
彼らの移動先にあるものは一つ、リオンの実家でもある道場であった。
「何かあったのかもしれませんね」
「行ってみよう」
異変を感じ取ったリオンとシエルは道場の方へと引き返すことにしたのであった。
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