第7話 シエルとアズマの村

 リオンが母屋に戻り、シエルの寝室の様子を覗くとシエルは布団の中からいなくなっていた。

 部屋をより奥まで見るが彼女が部屋にいる様子はない。


 「大変だ!」


 リオンは修行で汗ばんだ姿のままあわてて母屋の廊下を駆けまわった。

 母屋は村の他の家と比べて一回りほど広くなっている。

 シエルほどの方向音痴であれば家の中で一人で迷子になることなど雑作もない。

 自宅で迷子になられたらたまったものではなかった。


 「シエル!」

 

 シエルの匂いを思い出したそれを頼りにシエルを追いかけた。

 オオカミ族の嗅覚をもってすれば匂いを探って人を探すことができる。

 シエルの匂いを追いかけ、リオンがたどり着いたのはリオンの自室であった。


 「シエル!……シエル?」


 リオンがシエルを発見したとき、彼女は異様な挙動を取っていた。

 シエルはリオンが片付けたはずの布団を引っ張り出し、それにくるまって大げさなぐらいの深呼吸を繰り返していたのである。


 「えっと……何してるの?」

 「それは、その……おはようございます」

 「あー、うん。おはよう」


 よりにもよって一番見られたくない相手に奇行を抑えられたシエルは完全に硬直していた。

 彼女が何をしていたのか、それを理解することを拒んだリオンの脳は見なかったことにすることを選んだのであった。


 「よく一人でボクの部屋までたどり着けたね」

 「いくらなんでもそれぐらいなら私一人でもできます」


 シエルは自力でリオンの部屋までたどり着いていた。

 彼女と言えども流石に短い距離で迷うことはない。

 リオンの懸念は杞憂に終わったようであった。


 「シエルは今日は何するの?」

 「次の旅のための準備をします。なので、もう少しの間だけこちらでお世話になってもいいですか?」


 シエルは消耗した旅の備えを補充するつもりであった。

 アズマからイリまでの道のりは決して短くない。

 ノースからアズマにたどり着くまでに消費したものを、それ以上に蓄える必要がある。

 だがそれは一日やそこらで用意できる量ではなかった。


 「もちろんだよぉ!準備ができるまでいつまでいてもいいからね!」


 リオンはシエルの滞在をあっさりと了承するどころか、むしろシエルに対して協力的な態度を見せた。

 こうして、リオンはシエルの旅の準備を手伝うことにしたのであった。


 「せっかくだからアズマの文化も見ていきなよ。ボクが教えてあげる」


 リオンはシエルを連れ出すと二人で村の通りへと繰り出した。

 シエルにとっては初めて歩くアズマの村である。

 

 「アズマの人たちは戦いでなくても得物を持ち歩くのですね」

 「シエルだっていつも魔術師の杖を持ち歩いているだろう。似たようなものさ」

 

 シエルは通りすがる人々が腰脇に剣を携えて歩いているのが目についた。

 剣を携えている者はその多くが長いものと短いものをそれぞれ一本ずつ備えていた。


 「なるほど。ではなぜ二本も?」

 「一本は本命で使う長剣、もう一本は本命が使えなくなったときに使う短剣だね」


 アズマの剣士たちは剣を二本持ち歩いている。

 一本は主力として使用する長刀、もう一本はそれが使用できない場合に緊急で使用する短刀である。

 平然と語るリオンを始めとしたアズマ国民のどこまでも戦闘に特化した思想にシエルは驚かされる。


 「もしかしてアズマの方は好戦的なのですか」

 「他の国がどうかはわからないから何とも言えないなぁ。でもケンカぐらいなら毎日そこらじゅうで起きるよ」


 リオンはヘラヘラと笑いながら語る。

 シエルが注意して周囲を見てみると通りの角では剣の打ち合いや取っ組み合いが発生している。

 自尊心が強く、それを踏みにじる者には躊躇なく力を振るうため、結果として些細なきっかけからケンカに発展しやすい。

 日常のどこかで常に戦いがある、それが種族を問わないアズマ国民の国民性であった。

 

 「アズマ、なんと恐ろしいところ……」

 「ここはそんな怖いところじゃないよ。怒らせちゃったらすぐに謝ればみんな許してくれるしね」

 

 喧嘩っ早いアズマ国民といえど無条件でケンカに発展するわけではない。

 もし不用意に傷つけてしまってもその場で謝罪の意を示せばほとんどの場合ケンカにはならない。

 リオンからアズマ国民の扱い方を聞かされたシエルは絶句し戦慄するばかりであった。


 「見て、リオン様よ!」

 「リオン様ー!」


 村を歩いていると、通りかかった少女たちが黄色い声と共にリオンの傍に駆け寄ってくる。

 ネコ族にイヌ族にウシ族、種族を問わずあっという間にリオンとシエルは村の少女たちに囲まれてしまった。


 「リオン様、今日はどちらへ?」

 「この子のお手伝いをね。彼女はノースから来た旅人なんだよ」


 リオンが事情を説明すると村の少女たちの視線はなぜかシエルに集中した。

 視線の理由は明白である。

 

 (なぜキツネ族がリオン様のお傍に……)

 (余所者がどうやって……)


 シエルに向けられた視線、それは嫉妬によるものであった。

 村の少女たちから王子様と呼び慕われるリオンはそれ故に少し歪んだ好意を向けられることも多い。

 普段は彼女たちが互いにけん制をかけあっているためリオンから来ない限り接触することはないのだが、シエルはそれらをすべてすっ飛ばしてリオンの隣にいるのである。

 嫉妬の眼差しを向けられて当然であった。


 リオンは首をかしげながらその様子を見ていたがシエルがよくない状況に置かれているのはなんとなく理解できた。

 

 「ごめんね。ボクたち先を急いでるから、ここを通させてもらうよ」


 リオンはシエルの腕を引っ張り、強引に囲いを突っ切った。

 囲いたちの雰囲気は最悪であり、今にも諍いに発展しそうな状態になっていたのを回避したのである。



 「やはりアズマは恐ろしいところです……」

 「普段はあんなじゃないんだけどなぁ。今日はどうしたんだろうね」


 危機回避能力を発揮する一方で危機の原因が自分にあることを自覚していないリオンの鈍感さにシエルはなんともいえないもどかしさを覚えたのであった。

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