第8話 シエルと魔術
通りを抜けて一旦外れの野原へと退避したリオンとシエルは一息をついていた。
「どうにか抜けられましたね……」
「いつもはいい子たちなんだけどなぁ。どうしちゃったんだろうね」
「あはは……」
シエルは『貴方のせいだ』と言いそうになったのをグッと堪えて苦笑いをした。
もちろんリオン本人にそんなつもりは微塵もない。
「ねえねえ、シエルって魔術師なんだよね?」
「ええ、そうですが」
「魔術ってやつを見せてよ。ボク今まで見たことないんだ」
リオンはシエルに魔術の披露をせがんだ。
アズマという国に魔術師がほぼいない都合上、リオンは魔術らしいものを見たことがなかった。
「いいでしょう。フォクシー家の魔術を見せてあげます」
シエルはリオンにせがまれると耳をピンと立て、乗り気になって腰を上げた。
魔術師の名家の生まれであることを自覚している彼女にとって魔術に羨望を向けられて良い気分になったのである。
「どんな魔術が見たいですか」
「派手なのが見てみたいなぁ」
「派手なものですね」
リオンからのリクエストを受けたシエルは杖を構えた。
彼女を中心にして赤色の円陣が展開され、その周囲から熱気の篭った光が迸る。
今まで見たことのない煌びやかな光景にリオンは興奮で目を輝かせた。
「後ろに下がってください。焼けますよ」
シエルは魔術の発動態勢に入りながらリオンに警告した。
これから発動する魔術が高出力で広範囲に及ぶものであるため、リオンにも危害が及ぶ可能性があったためである。
リオンは警告を聞き入れ、シエルの真後ろに移った。
「解放、ホムラカムイ!」
シエルは集中し、魔術名を詠唱した。
するとシエルを囲んでいた円陣が形を崩し、彼女の正面へ進むと大地を駆け巡って爆音と共に炎を噴き上げる。
背丈の低い雑草と小石が広がっていただけの野原は瞬く間に爆炎で真っ赤に染まり、高熱を帯びた爆風が吹き荒び爆発音が絶え間なく響く凄絶な光景と化した。
ひっきりなしに響き続けた爆発音は数十秒後にようやく鳴り止んだ。
爆発音の余韻の中に残火がパチパチと弾ける音だけが残っている。
「どうでしたか?私が使える中で最も派手なものを選んだのですが」
「すごい……すごいすごい!」
シエルが振り向いて涼しい顔をしながらリオンに尋ねるとリオンは大はしゃぎで感想を伝えた。
これまで見たこともなかった魔術を目の当たりにし、その力に感動を覚えたのである。
「他にはどんな魔術があるの?」
「この炎を消して差し上げます」
幼子のようにはしゃぐリオンを見て気分をよくしたシエルは今度は空色の円陣を展開した。
リオンは一歩下がり、後ろからその様子を観察する。
「解放、フロストカムイ!」
シエルはさっきとは違う魔術を詠唱した。
すると空色の円陣は真っ白な冷気を伴って地面を凍りつかせ、残火をかき消して地面を白く染めていく。
突然の寒気にリオンは反射的に身体を震わせた。
「こんなものでしょうか」
「魔術ってすごいんだね!普通の人じゃこんなことできないよ!」
「まぁ、それほどでもありません」
褒めちぎるリオンに対してシエルは謙遜するような口振りを見せた。
だが彼女の尻尾は上を向いて左右に揺れており、喜びを隠せていない。
その様子はリオンにもバッチリ観測されていたがリオンはそれについてあえて何も言わないことにした。
「こんなにすごい魔術が使えるならなんでもできちゃいそうだね」
「お恥ずかしながら力の制御がまだ拙く……今の私の目標は『魔術を制御できるようにすること』なんです」
リオンに向上心を評価されるとシエルは今の自分に足りないものを明かした。
シエルの魔術の素養は十分であり、その力を引き出すことはできている。
しかしその力の制御、即ち手加減が不得手だったのである。
「ところでさっき『カムイ』って言ってたけど、あれってどういう意味なの?」
リオンはシエルに魔術のことを尋ねた。
シエルの詠唱は最後の一文がカムイに固定されており、それが何なのかを知りたかった。
「カムイはノースの言葉で『神の力』という意味です。ノースでは神様の力を借りて様々な現象を引き起こすのが魔術だとされています」
シエルはカムイの語源をリオンに説いた。
ノースには自然を神に見立てて信仰する文化があり、人の常識を超えたを神の力に見立ててカムイと称する風習がある。
シエルが使う魔術がカムイの名を冠するのもそれに由来したものであった。
「へぇー、神様の力かぁ」
「アズマにも神を信仰する文化があるのですか?」
「まあね。いろんなものにそれぞれ神様が宿ってるって言われてるよ」
アズマにも神を信仰する文化があり、それも自然のみならずあらゆるものに神が宿っているという言い伝えがある。
リオンも幼少期にミタカから神の存在を言い伝えられたことがあり、その概念は国民ほぼ全員に根付いているといってもいいほどに浸透していた。
リオンとシエルが話を弾ませる中、シエルは外が騒がしくなってきたのに気づいた。
騒ぎを起こしているのは村の人々であり、シエルの魔術に起きた爆発をボヤ騒ぎと思い込んで駆けつけに来ているようであった。
「リオンさん、ここを立ち去りましょう」
「えっどうして?」
「いいから早く!行きますよ!」
今度はシエルがリオンの手を引き、荒涼とした野原から立ち去って村へと戻ったのであった。
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