第6話 成長の芽

 一夜を明かした翌日、リオンは明朝に目を覚ました。

 明朝から自主的に剣術の鍛錬をするのが彼女の日課である。


 リオンは布団から出て道着姿に着替えると一人道場へと向かった。

 その途中、シエルの寝室を覗くとシエルは布団を雑に蹴飛ばし、全身で大の字を描いて寝息を立てていた。

 その姿はまるで昨夜の一瞬の如き荒々しさであった。

 

 (寝相が悪いんだなぁ)


 リオンはシエルを起こすことなく彼女に布団をかけ直すと静かにその場を去って道場へと向かい直した。


 明朝の道場は静かであった。

 その場にいるのはリオンと父ミタカだけである。

 ミタカは道場の真ん中で木刀を手に素振りを行なっているところであった。

 

 「おはようございます父上」

 「おはようリオン、シエルちゃんはどうした?」

 「まだ眠ってるよ」

 「そうか。では今日は少し早めに切り上げなさい」


 ミタカはシエルの様子をリオンに尋ねると今日の朝練を早めに切り上げるように促した。

 まだ眠っているとはいえ、いつ目を覚ますかわからないシエルを母家に一人置き去りにしてきたのはリオンとしても多少の負い目があった。


 「わかりました」


 リオンはミタカの言葉を受け入れ、木刀を手に修行を始めた。

 幼少期から父の見様見真似で始めた剣術も今では彼に最も近いところまで高まっていた。

 

 「父上、手合わせ一本願います」

 「よかろう」


 一通りのメニューをこなしたリオンはミタカに手合わせを申し込んだ。

 それは朝の修行をこれで終えるという合図でもあった。

 ミタカはそれを承諾し、道場の真ん中でリオンと向き合った。


 「よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」


 リオンとミタカは互いに向き合い、一礼をすると木刀を構えて正面から見合った。

 二人は木刀の先端を突き合わせながら互いの技に持ち込む頃合いを見計らう。

 リオンは飛び込むための間合いを作るために後ろに下がろうとするが、彼女の技を熟知しているミタカはぴったりと木刀を押し付けて逃がさない。

 対するリオンもミタカの技を熟知しているため、至近距離まで肉薄されないように軸をずらして立ち回る。

 この間両者は一言も発さず、二人の足音と木刀が擦れあう音だけが道場に響いた。


 「ッ!」


 長い睨み合いの末、先に仕掛けたのはミタカであった。

 木刀を下段にずらし、リオンの小手先を狙って一撃を打ち込む。

 リオンはそれにしっかり反応し、木刀で受けると上を取ってミタカの剣を押さえ込む。

 そして抑え込んだ剣を離すと同時に大きく後ろに下がり、居合い抜きの態勢に入った。


 リオンは木刀を抜くと同時に大きく踏み込んで一閃を仕掛けた。

 しかしミタカはその一閃にしっかりと対応して木刀を縦一文字に構えてリオンからの一撃を防いでみせた

 リオンがマズいと思った時点で時すでに遅し、ミタカはリオンに肉薄すると手首を返して彼女の持っていた木刀を跳ね上げ、道場の床へと落とさせた。

 相手の得物を弾き飛ばして無力化する巻き上げ、刃崩しこそがミタカの最も得意とする技であった。

 

 「勝負あったな」

 「お見事でした」


 リオンはミタカに剣を落とされて素直に敗北を認めた。

 他の門下生にはまず負けないほどのリオンの技量をもってしても師である父はまだ及ばずであった。


 「技には以前よりも磨きがかかっている。動きが読めなかったら対処できなかっただろう。だが技を確実に決めるための絡め手に欠けている」


 ミタカは手合わせを通じて感じ取ったリオンの評価点と改善点を伝えた。

 リオンの居合は達人の領域に足を踏み入れており、ミタカが対処できたのは流れを通じてそれが来るとわかっていたからであった。

 しかしその一撃必殺の居合を確実に決めるための流れを作る小技に欠けており、技を見せるまでの粗い面がミタカには目立って見えた。


 「リオン、君は居合の早さと正確さは優れているが打点が中段に偏っている。上段も狙えるようになればなお良いだろう」


 ミタカはリオンに更なる具体的な改善点を提示した。

 リオンの居合は中段と下段のどちらかしか狙えない。

 リオンがミタカの剣を下に弾いてしまったために咄嗟に狙えるのが中段しかなかったせいでそこを狙わざるを得なくなり、それを知っていたミタカは中段を受ける一点読みの防御を成立させることができたのである。

 つまり上段は完全な無防備を晒しており、そこを狙えればまだ勝機はあった。

 ミタカから指摘を受けたリオンは自分では気づけなかった視点にハッとさせられる。



 「精進します」

 「うむ。では朝の修業はここまで」


 リオンはミタカに一礼し、普段より早く修行を切り上げると風呂に入るために母屋へと戻っていった。

 ミタカはリオンの後姿を眺め、との手合わせの感覚を思い出しながら何も言うことなく道場に残ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る