第5話 キツネ族を知りたい
風呂で汗を流したリオンとシエルはリオンの部屋で時を過ごしていた。
シエルの寝室は別で用意しているが歳が近いもの同士でどこか波長が合うところがあり、互いに二人でいることが楽しかったのである。
「ボクもシエルに聞いてみたいことがあるんだ」
「私にですか?」
「そう。キツネ族のことを教えてくれないかな」
リオンはシエルにキツネ族のことを尋ねた。
キツネ族自体はそれほど珍しい種族ではないが彼らは単独もしくは少数でいることを好むというオオカミ族とは対照的な性質を持つ。
そのため面識を持ってはいるがあまり接点を持っていなかった。
「何について知りたいですか。答えられることならなんでも教えます」
「ボク、キツネ族の人が他の種族の人と仲良くしてるところをほとんど見たことがないんだけど、キツネ族ってみんなそうなの?」
リオンが最初にシエルに尋ねたのはキツネ族の交友関係についてであった。
シエルはその問いの答えについて思い当たる要素があった。
「キツネ族の大半は警戒心が強いからですね。警戒しているから自分たちのことを知らない同族に対して奥手になるのだと思います」
シエルはキツネ族の習性についてリオンに教えた。
キツネ族は警戒心が強く、自分たちの領域に踏み入ろうとする者からは身を引くことがほとんどである。
昼間にシエルがリオンから差し伸べられた手を一度は拒んだのもこの警戒心からくる行動であった。
そもそもシエルのように領域の外に出ようとすること自体が稀といってもよかった。
「でもすべてのキツネ族がそうとは言いません。中には好奇心を満たそうといろいろな行動を起こすキツネ族もいますから」
「それは知ってるよ。所謂イタズラギツネってやつだよね」
キツネ族には二つの面がある。
一つは警戒心が強く中々他の種族に心を開かない繊細な面、もう一つは知的好奇心を満たすために善悪を顧みず大なり小なりさまざまなイタズラを起こすトリックスターな面である。
アズマでは後者の面で悪事を働くものはイタズラギツネと呼ばれていた。
「アズマではそんな呼び方をしているのですか」
「そうだよ。この国にはいろんな言い伝えがあるからね。イタズラギツネはそのうちの一つだよ」
アズマには様々な種族に関する伝承が残っており、種族に対する認識はだいたいそれらを元に形成されているといっても過言ではない。
その内容は概ね種族の習性に基づいており、中でもキツネ族には他種族よりも多くの伝承があった。
「他に知りたいことはありますか?」
「シエルはボクのことどう思ってる?」
シエルが話題を切り替えるとリオンはすぐさま次の質問をぶつけた。
それはシエル自身がリオンをどのように認識しているかというものであった。
「そうですね……優しくて、剣が強くて、それから……」
シエルは現在のリオンに対する認識を明かしたが途中で言葉を詰まらせてしまった。
「それから?」
「か、カッコよくて素敵な方だと思ってますッ!」
リオンに問い詰められたシエルは顔を真っ赤にしながら詰まらせていた言葉を吐き出した。
彼女はリオンに窮地を救ってもらった恩義に加え、はじめリオンを男だと思っていたこともあって恋愛感情にも似た好意を寄せていたのである。
リオンが女だとわかった一度抱いた感情をそう簡単に否定することなどできない。
胸中を暴露したシエルの耳は動揺してピコピコと動き回り、彼女の尻尾はバタバタと音を立てて揺れる。
「ボクのこと好きなんだぁ?いやぁ、嬉しいなぁ」
リオンはシエルの肩に腕を回すと彼女の耳元で囁いた。
リオンに迫られたシエルの心臓は激しく鼓動し、一気に血が昇って理性が吹き飛びそうになる。
リオンの振る舞いを見て惚れ込む女子は決して少なくない。
だがリオン自身はそれらの悉くを友好的なそれだと思い込んでおり、今回もそうだと思っていた。
「もう我慢なりません!」
シエルは理性の限界を迎えるとリオンの両肩を押さえて体重をかけて倒れ込んだ。
不意をつかれたリオンの身体はシエルの体重を支えきれずに布団の上に押し倒される。
「なんのつもりかな?」
「私をその気にさせておいて今更そんな言い分は通用しませんよ。キツネ族をその気にさせるというのはこういうことです」
シエルは豹変したように積極的にリオンに迫る。
まだ語っていなかった他種族に知られていないキツネ族の隠れた面。
それは一度心を開いた相手にはとことん大胆になることであった。
シエルはリオンが自分を揶揄ったせいだと主張するがそんなつもりが微塵もないリオンからすれば理不尽な言いがかりにも等しかった。
「な、何をするんだい?」
「キスしましょう。今回はそれで許してあげます!」
シエルは完全に気が動転していた。
何のつもりでそんなことを言っているのか、発言者であるシエル自身にもわかっていなかった。
リオンは自分を見つめるシエルの視線が完全に獣のそれになっていることに気付いたが時すでに遅しである。
「まって、そういうことは女の子同士でやることじゃ……んーーーーッ!」
その夜、リオンはキツネ族の唇の味を知ったのであった。
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