第4話 王子様は女の子

 その日、シエルはリオンの家に泊まっていくことになった。

 方向音痴な彼女を知らない土地で一人歩き回らせるよりは知り合った人の近くに置いておく方が安全だろうというリオンの配慮によるものである。

 

 「お風呂用意したよ。よかったら入りなよ」


 リオンはシエルを風呂に誘った。

 これまで旅続きで沐浴ができていなかったシエルには願ったり叶ったりであった。


 「お心遣いありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」


 シエルは荷物を置くと浴室へと向かおうとしたがあることを思い出して足を止めた。


 「ところで浴室へはどう向かえばよいのでしょうか」


 シエルはリオン邸の浴室の場所を知らなかった。

 それはまずいと感じたリオンはシエルを案内することにした。


 「ここが浴室だよ。アズマのお風呂はどうかな?」

 「あまりノースのものと変わりません。これなら私だけでもなんとかなりそうです」


 アズマ式の風呂はノースのものと外観の違いはほぼなかった。

 シエルにとっても見覚えのある要素が多い。

 これならある程度は一人でもどうにかなりそうであった。


 風呂に入るためにシエルが脱衣する横でリオンはモジモジしたような挙動をしはじめた。

 シエルはそれを脇目にして首を傾げる。


 「どうかしましたか?」

 「その……よかったらボクも一緒にお風呂入りたいなーって」


 リオンの発言によってシエルに衝撃が走った。

 まさか風呂に一緒に入ろうとしてくるとは思いもよらなかったのである。

 リオンはただ道場でかいた汗を流したいだけだったがシエルにとってはそれどころではない。


 「な、何を言ってるんですか⁉︎男と女で一緒にお風呂なんて⁉︎」

 「男って誰のこと?ボクは女の子だよ?」


 シエルに二度目の衝撃が走る。

 彼女はリオンのことを男だと勘違いしていたのである。

 童顔で細身、男にしては特徴的な声だとにんしきしていたがまさか女だとは思っていなかったのである。


 「だ、だって私を軽々抱えましたし!自分のことをボクって言ってますし、それに剣だってあんなに強かったではありませんか⁉︎」

 「そんなに信じられないならボクの裸でも見る?」

 「見ません!」


 リオンは初対面の人に男と間違われることも少なくない。

 中でも特に間違えやすいのがシエルのような少女であった。

 リオンはシエルをからかうように衣服の隙間から胸元を覗かせるとシエルは動揺したように目を逸らした。


 脱衣を終えたシエルは浴室を覗き込んだ。

 石の床が広がる浴室は大きく、一人で使うには持て余すほどの大きさであった。


 「うちのお風呂、大きいでしょ」

 「え、ええ……」


 リオンはシエルの後ろから声をかけた。

 意気揚々と浴室を歩き回るリオンの身体は緩やかな曲線を描いており、胸や尻には小さいながらも起伏が存在している。

 彼女が女性であることをシエルはその目でようやく認識するに至った。


 「ふぅー。汗を洗い流すと気持ちいいね」

 「そうですね。お元気そうでなによりです」


 リオンは身体を湯の中に浸けながら上機嫌になっていた。

 一方のシエルは久々の温かい風呂を心底堪能していた。


 「ボクね、今まで女の子と一緒にお風呂入ったことなかったんだぁ」

 「母親とも入ったことがないのですか?」

 「わかんない。ボクの母上はボクが覚えてないぐらい前に死んじゃったらしいから」


 リオンはさらりとシエルに己の身の上を語った。

 リオンは自身が物心つく前に母親と死別しており、共に過ごした記憶がまったくない。


 シエルはオオカミ族についてある程度の知識を持っている。

 オオカミ族は家族や仲間、同族間の結束意識が非常に強いことが他の種族にも知られるほどに有名である。

 また、オオカミ族の子は多くの物事を母親から教わって育つということを知っていたため、シエルはリオンが母親なしでどうやって物事を覚えてきたのかが不思議でならなかった。


 「オオカミ族の方なのに母親がいなくても平気だったのですか」

 「大丈夫さ。父上や道場の門下生の人たちがみんなでボクのことを育ててくれたからね」


 シエルの懸念は杞憂であった。

 リオンが本来母親から与えられるはずだった愛情は彼女の父と父が抱える多数の門下生たちによって十二分に与えられており、そこに寂しさを感じたことはなかった。

 シエルの問いに答えたリオンは何を思ったかおもむろにシエルに近寄り、彼女の背に密着するように身体を重ねる。


 「いきなり何をするんですか!?」

 「でもね、もし母上が生きていたらこうして触れ合うこともできたのかなって……今考えちゃったな」


 リオンは甘えるようにシエルに語りかけた。

 彼女はこれまで母親がいないことを当然のように受け入れ、それがないことに何一つ疑問を抱くことはなかった。

 だがシエルとの問答によってリオンは女性的な肌の温もりを知ってみたくなったのである。

 シエルはリオンの自分の感情に嘘をつかない素直な挙動にさっきとは違う愛らしさを感じ取り、小さくため息をついた。


 

 「貴方は愛されているんですね」

 「そう見える?」

 「ええ、とても愛されているのがわかりますよ」

 

 シエルはリオンの愛情表現を受け入れて存分にスキンシップをさせた。

 湯船で戯れる二人の少女の尻尾は無自覚に絡み合うのであった。

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