第3話 リオンの実家
リオンはシエルを連れて村へと入った。
ここはリオンが生まれ育った故郷である。
「ここがアズマの町なんですね」
「ここは町なんて言えるような大きさじゃないよ。ただの村さ」
シエルは初めて見るアズマの景色に興味津々であった。
通りの様子も、家の外観も、民衆が着ている服もノースとは何もかもが違う。
視界に入るもの全てが目新しかった。
「せっかくだからボクの家においでよ。ボクの家は剣術の道場なんだ」
「そうなんですか。では見せていただきます」
リオンはシエルを自宅へと誘った。
彼女の家は父が剣術の道場を営んでいる。
それを聞いたシエルはアズマの人々がどんな武術を学んでいるのか見てみたくなった。
「ここがボクの家。表は剣術道場で裏手にあるのがボクと父上が暮らす母家だよ」
リオンはシエルに実家を紹介するとシエルを連れて表の道場へと入っていった。
シエルは初めて見るアズマの武術がどんなものなのかと期待を寄せて中を覗き込んだ。
「な、なんですかこれは……」
シエルは道場の中の様子を見て絶句した。
道場では種族や体格、老若を問わず様々な男たちが道着姿で剣を手に奇声のような叫び声を上げながら打ち合いに励んでいた。
模擬戦とは思えぬあまりに殺気立った気迫にシエルはただただ圧倒されるばかりであった。
「これは打ち合いの稽古だよ。みんな頑張ってるでしょ。父上ー、ただ今戻りました!」
リオンは平然とした様子でシエルに説明すると道場の奥で稽古を静観しているオオカミ族の男に帰宅を報告した。
リオンと同じ青色のメッシュがかかった黒髪に茶色の瞳、道着越しでもわかる引き締まった身体。
彼こそがリオンの父にしてこの道場の主、ミタカである。
「おかえりリオン。そこにいるキツネ族の子は?」
「さっき知り合ったんだ。名前はシエルって言ってね、ノースから来た魔術師なんだって」
リオンから紹介を受けたミタカはシエルに視線を向けた。
ミタカの鋭い眼光にシエルは思わず背筋を凍りついたように強ばらせた。
彼の眼光はオオカミ族であることを差し引いても有り余るほどの気迫に溢れており、下手な振る舞いをすれば斬りかかってくるのではないかと錯覚させる。
「父上、目が怖いよ」
「すまない。初見の人物はついじっくり見てしまうものでな」
リオンから指摘を受けたミタカは少しばかり気を緩めた。
鋭い眼光は気持ち穏やかなものに変わり、シエルを緊張から解放する。
「ごめんねシエル。父上は初対面の人にはこうなっちゃうんだ」
「ノースからはるばるようこそ。こんなむさ苦しいところだが、よかったらアズマの武術を見学していってくれ」
ミタカはシエルを歓迎すると彼女を道場の壁際へと招いた。
ここなら基本的に修行の妨げにならず安全に見学が可能である。
「リオンさんは?」
「道着に着替えているのだろう。私服では修行に差し支える」
リオンはいつの間にか姿を消していた。
彼女は父の弟子であり、この道場の門下生の一人でもある。
そんな彼女もまたここで多くの門下生たちとともに修行し高め合う存在であった。
「手合わせ願おう!」
道着姿に着替えたリオンが威勢の良い声と共に姿を現した。
彼女は父であるミタカから直接手ほどきを受けていることもあり、この道場では最も実力がある。
「では、ここはひとつ」
リオンの手合わせ相手に名乗りを上げたのはトラ族の男であった。
彼はリオンよりもずっと身体が大きく屈強である。
しかしリオンはそれに臆することもなく申し出を受け入れた。
「「よろしくお願いします」」
道場の真ん中でリオンとトラ族の男は互いに一礼し、背を向け合って三歩ずつ進んで距離を開けると懐に携えた木刀を抜いた。
イヌ族の男が間に入り、審判を務める。
「いざ尋常に……はじめ!」
審判の号令と同時に手合わせが始まった。
リオンとトラ族の男は剣の切っ先を突き合わせ、じりじりと間合いを図る。
初めて見る真剣勝負にシエルは思わず息を飲んだ。
先に動いたのはトラ族の男であった。
リオンの面を狙って唐竹割のように剣を振り下ろすがリオンは手にした剣を翻して一撃をいなす。
その後も男は勢いに乗り、リオンを間合いから逃がさないように攻め立てる。
「苦戦しているように見えますが」
「今は頃合いを見ているだけだ。リオンの真髄は今にわかる」
素人目の感想を漏らすシエルに対してミタカが横から解説を入れた。
リオンの剣術の真髄はトラ族の男の立ち回りとは全く違うものであり、今はそれを見せるための待ちの時間であった。
「ッ!」
トラ族の男の攻めの隙間を見つけたリオンは後ろへ跳ねるような挙動で大きく距離を開き、着地と同時に剣を奥へとひいて構えを変えた。
「勝負あり!」
勝敗は一瞬で決した。
ついさっきまでトラ族の男の正面にいたはずのリオンが男の背後を通り抜けており、残心の姿勢を取っていたのである。
あまりに突然の決着にシエルは理解が追い付かず、己の目を疑った。
「今のはなんですか……?」
「剣を抜くと同時に相手を切る、所謂居合というものだ。あの子が最も得意とする剣術だ」
剣を抜くと同時に一瞬で間合いを詰め、一撃のもとに仕留める。
それがリオンの十八番の剣技である。
ノースのそれとはまったく違う技術を操るリオンの姿にシエルは視線を奪われた。
「ありがとうございました。お見事でした」
「そちらこそ。攻めが強くてなかなか反撃の隙を見つけられなかったよ」
トラ族の男とリオンは互いに一礼すると右手を差し出して固い握手を交わした。
たとえ敵であろうと戦った相手への敬意を忘れないというのがミタカの教えである。
「とてもお強い方……」
シエルの目には手合わせをするリオンの姿が輝くように焼き付いたのであった。
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