第2話 真面目で抜けてるキツネちゃん
「本当にここはイリではないんですか……?」
「うん。ここはアズマだよ」
事実を受け入れられないキツネ族の少女がもう一度尋ねると、リオンはあっさりと現実を突きつけた。
「そんな……」
「わーっ⁉︎気を確かに⁉︎」
生気のないため息をついたキツネ族の少女にリオンは慌ててフォローを入れた。
目的地に向かっているつもりがものすごい遠回りになっていたという大失態はキツネ族の少女には耐え難いものであった。
「ところでキミはどうしてイリに行きたいの?」
「魔術の修行をするためです」
リオンが逆に尋ねるとキツネ族の少女は旅の目的を明かした。
西の国イリは魔術の本場とも呼ばれ、そこの魔術師に認められれば他の国では箔がつくと言われるほどの魔術大国である。
そしてキツネ族の少女は魔術師であり、彼女もまた魔術の修行のためにイリへと向かおうとしていたのであった。
「ということはキミは魔術師なんだね」
「その通りです。紹介が遅れましたが、私はシエル・フォクシーと申します。これでもノースでは有名な魔術師の家系の出身です」
キツネ族の少女はようやく自分の名を名乗った。
シエルの家名であるフォクシー家はノースでは有力とされる魔術師一族の一角である。
そしてシエルは家名に恥じぬ力を身に付けるためにイリを目指す旅をしている真っ最中であった。
「ボクはリオン。この近くの村に住んでる普通のオオカミ族さ」
「リオンさんですね。覚えておきます」
シエルは助けてくれた恩人の名を覚えるつもりでリオンの名を脳裏に焼き付けた。
「リオンさん。アズマにはどんな魔術師がいるのですか?」
シエルはリオンにアズマの魔術師事情を尋ねた。
シエルは行き先を間違えたといえども魔術の探究には余念がない。
一方でリオンはあまり魔術というものにピンと来ていなかった。
というのもアズマでは魔術は占いに使われる程度のものでしかなく、表立って出てくるようなことがないためである。
「うーん……魔術師の名前なんて聞いたことないなぁ」
「いったいどんな環境で育ってきたのですか」
リオンは魔術師による諍いの話を聞いたことがなかった。
というのも、それにはアズマという国のとある気風が関係していた。
「特に変なことはしてないよ。きっとボク以外に聞いても同じことを言うんじゃないかな」
「ではこの国ではどうやって戦うのですか?」
「剣とか槍とか、弓とか使って直接やりあうのがほとんどだよ。魔術師の一人や二人いても詠唱する前に叩き切られたり弓で射られちゃうんじゃないかな」
リオンはアズマにおける戦い方をシエルに語った。
アズマでは剣や槍を用いた白兵戦が主流である。
アズマの国民は庶民ですら何かしらの武術を身につけていることが多い上にそのレベルも他国の常軌を逸している。
本来ならば絶対的に不利であろう魔術師が相手であろうと『詠唱される前に接近して叩き潰してしまえばいい』という極致的な発想に至った上にそれを実行してしまったほどの一族である。
これがアズマという国において魔術師が影の存在とされる理由であった。
「この国の兵士たちはどうなっているんですか……?」
「えっ、これって普通じゃないの?」
「普通じゃありません」
リオンからアズマの魔術師事情を聞かされたシエルはドン引きした様子であった。
対するリオンはこれが当然だと思っていたため、首をかしげてキョトンとした様子で聞き返した。
「お話ししていたらなんだか元気が出てきましたわ。せっかくなのでアズマのことも勉強させていただきます」
ある程度の休息を経て元気を取り戻したシエルは足元の埃を払って立ち上がった。
彼女は現地民のリオンと話している内にアズマのことについても興味を抱いた。
「よかったら近くの村まで案内するよ」
「心配はご無用です。私一人でたどり着けますから」
「そっちは元来た道だけど?」
踵を返して足を進めようとしたシエルをリオンは呼び止めた。
リオンが言う通り、シエルが進もうとしていた先は彼女がさっきまで歩んでいた登山道であり、村とは真逆の方向であった。
「じょ、冗談ですよ」
「本当に?」
「……」
シエルは慌てて誤魔化すがリオンの念押しに何も答えられなかった。
内心では大真面目に村への未知だと思い込んで元来た道を進もうとしていたのである。
「シエル、キミってもしかして方向音痴なんじゃ……」
「そんなことはありません!」
リオンの中で一つの疑いが確信に変わった。
シエルはとんでもない方向音痴だったのである。
彼女の持っていた地図は決して精度の低いものではなかったにも関わらずイリとは逆方向のアズマにたどり着き、そして今まさにアズマの村に向かおうとして元来た道を引き返そうとしていた。
事実を指摘されたシエルは顔を赤くしながらそれを否定するがそれでリオンの認識が覆ることはなかった。
「やっぱり心配だよ。ボクが連れて行ってあげる」
「い、いきなり何をッ!?」
心配で見ていられなくなったリオンはシエルの腕を掴むと村の方へと足を進めていった。
シエルの一人にするとどんどん変な方向に進んでしまいそうだからというリオンなりの気遣いあっての行動である。
シエルは唐突な触れ合いに驚いて尻尾の毛を逆立てるがリオンはそんなことは気にも留めなかった。
「わかりました!わかりましたから手を放してくださーい!」
静かな山の麓にシエルの声が響いたのであった。
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