オオカミ王子♀とキツネちゃん

火蛍

運命の出会い

第1話 オオカミ族の王子様

 ケモノの耳と尻尾を携えた人間たちが暮らす大陸の東に位置する国アズマ。

 そこは国土の半分近くが山であり、一年を通して激しい気候変動が起きる自然と共に生きる国である。


 そんなアズマの山外れにあるとある小さな村。

 そこでは通りのど真ん中で白昼堂々と剣戟が繰り広げられていた。

 戦っているのはオオカミ族の少女とネコ族の男である。


 「ふふっ。これでボクの勝ちかな」


 オオカミ族の少女が剣の切っ先をネコ族の男に突きつけ、勝ち誇るように宣言した。

 ネコ族の男の手に握られていたはずの剣は少女によって落とされ、彼の足元に転がっている。


 「覚えてろ!」


 ネコ族の男は負け惜しみを残すと落とされた剣を拾って鞘に納め、オオカミ族の少女に背を向けて退散していった。

 勝負をつけたオオカミ族の少女は自らの剣を鞘に納め、後ろを振り返る。


 「これで一安心だね」

 「ありがとうございます、王子様!」


 オオカミ族の少女が優しく声をかけると、声をかけられたネコ族の少女は頭を下げてお礼を下げた。

 元々は彼女にナンパ目的で絡んできたネコ族の男を追い払うためにオオカミ族の少女が割って入ったのが剣戟に発展した発端であった。

 

 「あの……お名前は?」

 「名乗るほどのものじゃないさ。じゃあね」


 ネコ族の少女に呼び止められたオオカミ族の少女は踵を返すことなく飄々とその場を去っていった。


 「カッコいい……」

 「やっぱり王子様は違うなぁ」


 少女の背に称賛の言葉が浴びせられる。

 それに対して満更でもないように少女の尻尾が左右に揺れた。


 「ボクは女の子なんだけどなぁ……」


 オオカミ族の少女は人気のない山の麓まで訪れると石の上に腰を下ろして一人ため息をついた。

 彼女の名はリオン、アズマの村に暮らす庶民である。

 リオンの父はこの村で剣術の道場を営む凄腕の剣士であり、そんな父の影響を受けて育った彼女は男にも勝るその剣技と凛々しい顔立ちと立ち振る舞いから村の中では『王子』と呼び慕われる存在であった。


 「さ、今日も修行修行!」


 一息ついたリオンは心機一転し、剣の修行に取り組み始めた。

 リオンは修行用の木刀を握り、心を無にして一心不乱に素振りと打ち込みに励む。

 静かな山の麓にリオンが木刀を打ち込む音だけが鳴り響く。

 ここは誰にも邪魔されることがない彼女のお気に入りの修行スポットであった。


 時間を忘れ、剣の修行をしていたリオンはふと木刀を下ろした。

 普段は感じない何かのニオイを感じ取ったのである。

 オオカミ族であるリオンは嗅覚が非常に敏感であった。

 リオンは木刀をしまい、ニオイのする方へと向かった。


リオンが向かった先には一人の少女がフラフラになりながら歩いていた。

 遠くからでも目立つ明るい金髪、三角形の耳と腰から生えた大きな尻尾。

 彼女はキツネ族のようであった。

 

 「ハァ……ハァ……やっと麓まで辿り着きました……」

 

 キツネ族の少女は息を切らしながら手にした杖で足元を支えながら歩く。

 慣れない山下りの後で疲労困憊しており、耳は垂れ下がって顔は蒼白であった。

 今にも倒れそうなキツネ族の少女の姿にリオンは居ても立っても居られなくなり、飛び出していった。


 「そこのキミ、大丈夫かい?顔色がよくないよ」

 「大丈夫です。まだ歩けますから……」


 リオンが声をかけるとキツネ族の少女は気丈に振る舞った。

 華奢な見かけに反してなかなか根性が据わっていた。


 「きゅう……」

 

 気丈に言い放った矢先、キツネ族の少女は杖を支えにして膝をつき、その場にへたり込んだ。

 ここに来るまでに相当体力的な無茶をしていたらしく、彼女の足は小刻みに震えている。


 「やっぱり大丈夫じゃないよ。日陰に入って休んだほうがいい」


 リオンは少女を抱きかかえると最寄りの日陰へと走って運んでいった。

 

 「ゆっくり身体を休めたほうがいいよ。何か飲みたかったらボクのお水を分けてあげるから気軽に言ってね」

 「お気遣いありがとうございます。ではご厚意に甘えて……」


 キツネ族の少女はリオンから飲み水を貰うと静かにそれを呷った。

 リオンは改めて見るキツネ族の少女の姿に目を引かれていた。

 キツネ族自体はアズマではそこそこ見かける種族であるためそこに珍しさは感じない。

 だがその装いはここらでは見かけない珍しいものであり、彼女が他所から来た人物であることはリオンの目には明らかであった。


 「キミ、珍しい格好をしているけどどこから来たんだい?」

 「私はノースから来ました」


 ノースはこの大陸の北に位置する国である。

 大陸の中では最大の国土を持ち、寒冷気候と広大な平野がどこまでも続く辺境の地でもあった。


 「ノースからよくここまで来たね」

 「ところでここはイリですか?私はイリを目指しているのですが」


 キツネ族の少女はリオンに道を尋ねた。

 イリとはこの大陸の西にある国であり、彼女は訳あってそこを目指しているようであった。


 「ここはアズマ。イリとは逆の東の国だよ」


 リオンはキツネ族の少女に現在地を教えた。

 アズマはイリの反対側に位置する国であり、ノースからは向かう場合は全く違う道を進む必要がある。

 それに気づいたキツネ族の少女は慌てて地図を取り出した。


 「この地図でいうとここはどの辺りですか?」

 「えっと……多分この辺りじゃないかな」


 リオンは地図の一点を指差した。

 そこはイリとは見事に逆方向である。


 「そんなぁ……」


 キツネ族の少女はがっくりと肩を落とした。

 彼女は地図を持っているにも関わらず道を間違えていることに全く気付かずにアズマにやってきていたのである。

 とんでもない方向音痴にリオンも思わず絶句するしかなかった。


 

 こうして、オオカミ族の少女とキツネ族の少女は出会いを果たしたのであった。

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