第35話 文化祭(5)

「後は任せた! あっ、在庫状況は裏の壁に貼ってある紙見といてな!」


「おっけー! 残りは全部、俺たちが売っといてやるよ!」


「「よしっ、目指せ1組最優秀賞!」」


「「「おおおおおおお!」」」


 へぇ、最優秀賞目指してたんだ。

 知らなかった、なーんて言える空気じゃないな。


 ヒロと下山くんによる熱い握手が、クラスに新たな熱を与えたと同時に、前半組と後半組が入れ替わった。


「頑張って」


「おっ、元可愛いメイドさんに応援されちゃった。ありがとな」


「うっせぇ」


 つまりこの時をもって、メイドから完全に解放されたことになる。


「……これでやっと、やっと、普通の思い出が作れるのか……」


 窓枠に手をかけ、まったり希望の太陽を見つめる俺。

 ため息混じりの風は、まだ少し暖かい。

 うん、残暑最高。


「ん? なんか言ったか?」


「いや、ヒロは気にしなくていいよ」


「ふーん、ならいいけど」

 (なんだ? 柚がいつも以上に爽やかに見えるんだけど……いや、気のせいか)


 せめて、今回生まれた黒歴史の数は超えないとな。じゃないと俺が可哀想。


「じゃあ俺、2組行ってくる」


「おっけー、頑張れよ」


 俺は背を向けたまま手を振り、教室を出た。

 と言っても、2組はすぐ隣なんだけど。


「2年3組ボウリングやってまーす!」


「3年4組かるた王やってんでー!」


 おお、先輩たちやる気すごっ。


 廊下には、全身タイツやクマの着ぐるみなど、とにかく目立とうと努力する生徒で溢れていた。


 ただ、特別ずっと見ていたいものでもなかったため、俺は2組の扉をノックする。


「あの」


 それにしても、少し前の俺なら、こんなに堂々とノックなんて出来なかっただろうに。

 これはおそらく、メイド服を着た影響でメンタルが育ったんだな。

 うん、きっとそうに違いない。


「あゆはさんいますか?」


 声をかけると、2組全員の視線が俺に集まった。

 やはり、恥ずかしさは全くない。


「あゆ呼ばれてるよー!」


「ん?」


「えっ、もしかして彼氏……!?」


「彼氏だ……!?」


「絶対彼氏だ……!?」


「天乃川って、彼氏持ちだったのか……!?」


 あーこれ、恥ずかしいのあゆの方だ。

 なんか悪いことしちゃったな。


「ちょっ、ちょっとみんな!? か、彼氏じゃないから!……まだ、だから……」


「「「へぇ」」」


 あゆが最後に何を言ったのか、俺には聞こえなかった。

 ただ、彼女は顔を真っ赤にしてこちらへ走ってくる。


「は、早く行こっ!」


「うん」


「「「いってらっしゃい!」」」


 俺の手を引き、足早に教室を出たあゆ。


 なぜニヤニヤした生徒たちに見送られたのかは不明だが、とりあえず無事に合流することができた。


「もう、みんな子供なんだから!」


「なんで怒ってるの?」


「柚には関係ないよーだ」


 ……まぁ、待ちに待った思い出作りタイムに入れたわけだし、あとは全力で楽しむだけだな。よしっ。


「あっ、パンフレットって持ってる?」


「うん! 持ってるよ!」


 わぉ、切り替えはや。

 笑顔のあゆは、右ポケットから綺麗に折り畳まれた1枚のパンフレットを取り出した。


 流石はあゆ。

 俺のは今頃、カバンの中でぐちゃぐちゃになってるだろうな。

 我ながら情けない……。


「確かさ、謎解き部の出し物って2階じゃなかったっけ?」


「うーん、ちょっと待ってね」


 指でなぞりながら、真剣に教室を探すあゆ。

 気づけば俺は、その横顔に釘付けになっていた。


 透明感のある肌、程よく紅潮した頬、そして髪をかきあげる仕草。

 これはみんな惚れちゃうわけだ。


「……ぇ……ねぇ……ねぇ!」


「あっ、ごめん」


「もう、急に固まるからびっくりしたじゃん。

 それより、謎解き部はここの資料室だって」


「へぇ、だいぶ角っちょだね」


「そうだね」


 あゆが指し示したのは、パンフレットの左端。それに、若干『謎解き部』の文字も掠れているように見える。

 流石は無名部。


 あれ? そういえば、あゆに謝ったっけ?

 うーん、思い出せないな。

 とりあえず、それっぽい理由言っとくか。


「悪い、普通に見惚れてた」


「ふーん、しっかりしてよね……って、えっ?」


「あっ」


 間違えた。

 あゆは一瞬固まった後、顔を真っ赤に染めた。


「……っ!?……」

 (今のどういう意味なのぉぉぉぉぉぉぉぉ!)


 直後、あゆはどこかへ走り去ってしまった。


「完全にやった」


 当然ながら俺も、自分の発言を思い返し、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


「はぁ、なに恥ずかしいこと言っちゃってんの……俺ってバカなの?……とりあえず深呼吸でもしとこ」


 一方その頃、中央階段に逃げたあゆはというと……。


 (あーーーもう、柚ってたまにこういうことするよね!? 乙女心が繊細なものだって知らないの!?)


 心の中で思いっきり叫んでいた。


 (はぁ、早く戻らなきゃいけないのは分かってるよ。

 でも、どんな顔して行けばいいのか分からないよー!)


「だって急にあんなこと言うんだもん……。

 もちろん嬉しいよ? 嬉しいに決まってるよ? でも、嬉しすぎるのは大問題だよ!」


 それからなんやかんやあり5分後、彼女は戻っていた。


「お、お待たせ」


「おかえり」


「……っ!?……」

 (なんか今のやりとり夫婦みたいじゃなかった!?)


「んじゃまぁ行こっか」


「う、うん」

 (いやいや落ち着け私。ほらっ、柚は平気そうじゃん……ってことは、やっぱり私だけなのかな……)


 うおおおおおおおおおおおお!

 落ち着かねぇぇぇぇぇぇ!


 って、叫びたい気分。

 いや落ち着け、無心だ無心。

 大丈夫。普段通りだぞ普段通り。


「謎解き部行った後は、ボウリングとか外の屋台とか、そんな感じでどう?」


「うん……! いいと思う……!」


 15時まで後1時間40分か。

 耐えろよ。


 俺とあゆは拙い会話を繰り返しながら、資料室に向かった。

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