第36話 文化祭(6)

「ここか」


「へぇ、資料室って結構大きいんだね」


 資料室に来たはいいものの、辺りに人の気配が一切ない。

 それになぜか、窓越しに見える渡り廊下から奇異の目を向けられている。

 まぁ、あゆは気にしてないみたいだけど。


「ねぇ見て、これって温泉にあるやつだよね!」


「そうそう、暖簾な……って、はっ?」


 俺の視界に映る暖簾には、赤い布に白字で『女湯』と書かれていた。


 そりゃあ人が集まらないわけだよ。

 なんか怖いし。


 ほんと、何考えてんだか。


「そうそれ! わぁーいいなー!

 ねぇ、この暖簾持ち帰って一一」


「だめ」


「家に付け一一」


「だめ」


「チェッ」


 おい、舌打ちすんな。


「まぁでも、そんなに欲しいなら今度買ってやろうか?」


「ほんとっ!? それ、部屋に付けてもいいっ!?」


「お、おう」


 あまりの圧に思わず1歩引いてしまう俺。

 まさか、あゆがここまで欲しがってるとはな……。


「やったー!」


 おー、喜んでる喜んでる。

 すっごい、子供みたい。


「はっ、時間がもったいない。早く中入ろ」


 って、切り替えはやっ!

 全く誰のせいだと思って……いや、今日はやめておこう。


「そうだな」


 これでいい、今日はこれで。


「失礼します」


「夏芽ちゃんやっほー!」


 そういえば、2人に会うのは名前を貸した時以来だな。

 名前とか諸々忘れられてないといいけど。


 俺とあゆは女湯の暖簾をくぐり、室内を見回す。

 するとそこには……。


「おや、これはこれは可愛い後輩くんじゃないか」


「……お、お待ちしておりました……」


「あの、なんで寝てるんですか?」


「ずるーい! 私も寝る!」


 床に敷かれたタオルに寝転がる2人の姿があった。

 その無防備な寝姿と言ったらもう……ありがとうございます。


「あっ、胸元のボタン外れてたー」


「ちょっと先輩!」


「えへへ、ごめんごめん」


「むっ、柚見たの?」


「見てない」


「本当に?」


「本当に」


「ふーん、ならいいけど」


 あゆ、チョロすぎるよ。


 それより、ここって謎解き部のためにわざわざ貸し出された教室(資料室)なんじゃないの?

 流石に寝てるのはまずくないか?


「ふわぁ……寝てるだなんて心外だなぁ。

 ここは列記とした謎解き部の出し物、休憩室だよぉ」


 うわっ、あくびしてるし。


「またまたー」


「冗談ですよね?」


「無論、本気だけど」


 次の瞬間、曇りのない澄み切った瞳で、奥田先輩が俺の目を真っ直ぐに見てきた。


 なるほど、これまじのやつだ。


「ちなみに、真顔で言うことじゃないですよ。


「ふふふふふ。その攻撃、私には効かないよ! なぜなら、私が天使だった場合、もうすでに3回は堕天してるからね!」


「今のも別に、真顔で言うことじゃないですよ。


「ぐはっ……やら、れた……」


 あっ、なんか効いた。

 ってかこれ、やられたフリして寝てるな。


「……くかぁ……」


 微かに聞こえる寝息。

 はぁ、こんなのが部長ってこと、生徒会の人は知ってるんだよね。


 もうさ、問答無用で即廃部、これでよかったんじゃない?


「むっ!? なんか今、凄く失礼なこと考えてなかった?」


「いやいや、気の所為ですよ」


「なーんだ気の所為か! よーし、おやすみっ!」


 はぁ、ついに『おやすみっ!』とか言いやがったよ。


 そんな情けない先輩の姿を見たからか、夏芽ちゃんはゆっくりと身体を起こした。

 分かる、分かるよ夏芽ちゃん。


 我慢の限界だったんだね。

 よしっ、ぶちまけていいよ。


「休むのも部活だと、奥田先輩が言っていたので、としてに従いました。ですが、今はどう見ても怠けているようにしか見えません」


「はい、夏芽ちゃん正解」


「おっ、1点獲得ですか?」


「もちろん、おめでとう」


「ありがとうございます!」


「夏芽ちゃんよかったね!」


「はい!」

 

 ・・・あれ、何この茶番。


 もしかしなくてもこれ、無駄な時間を過ごしてるんじゃ……そう思い始めた頃、後ろから優しく肩をつつかれた。

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