第34話 文化祭(4)

「ゆーずー、会いに来たよー!」


 突然前の扉から、元気な声と共に1人の女子生徒が入ってきた。


「えっ、ちょ待っ、失礼します!……って、なんかメイド服着てるし!?」


 そして、後を追うようにまた1人。

 俺はこの2人を知っている。


「あはは……ども」


 どうやら、人生終了のお知らせが来たらしい。

 お母さんお父さん、今までお世話になりました。

 あなたたちの息子はもう、お婿にいけません、ぐすんぐすん。


「へぇ、ふーん、可愛いじゃん」


 あゆはまじまじと俺を見つめる。

 はぁ、罰ゲームが過ぎるって。


「いらっしゃいませ、お嬢様」


「お、お嬢様!?……あっ、こほん。

 いきなり入っちゃってごめんね。

 2人だけど大丈夫かな?」


「問題ありません。お席へご案内いたします」


 無心無心無心無心無心無心無心。


「「どうぞこちらへ」」


 ヒロと鈴木が椅子を引く。

 ちなみに、鈴木は野球部に所属しており、坊主と執事服が絶妙にマッチしている。


「ありがとね!」


「うわぁ、まじな執事じゃん」


「「では、私たちはこれで。失礼します」」


 2人は椅子に座ると、早速メニューを開いた。


「へぇ、こんなに種類あるんだ」


「ねっ。なんかさ、内装とかメニューとか店員さんとか、全部が全部本格的だよね」


「うんうん」


 その頃俺は、少し離れたところから2人の様子を見守っていた。


 誰か、俺の代わりにオーダー取ってきてくれないかなぁ……あっ、室長。


 願いが届いたのか、真横を室長が通過した。

 俺は即座に熱い視線を向ける。


 室長……!


 しかし、振り返りざまに両拳を握った室長は、無慈悲にもカーテンで区切られた裏へと消えていった。


 (頑張れ!)


 し、室長……。


「おーい、そこの可愛い可愛いメイドさーん!注文いいですかー?」


「は、はい」


 うーわ、めっちゃおちょくられてる。

 しかもなんかご指名入ったし……。


「ご注文お伺いします」


「私は紅茶とチョコケーキ!」


「じゃあ、私は紅茶とシュークリームで」


「かしこまりました」


 ふぅ、何とか乗り切ったな。


「へへへ」


「ど、どうされました……?」


「柚、可愛いよ」


「あ、ありがとうございます……」


 おかげさまで恥ずか死間近だよ。


「ヒロ、オーダーよろしく」


「はいよ! あっ、シュークリームラストだ。

 みんな、シュークリーム売り切れな!」


「「「了解!」」」


 何この一体感、もはやプロじゃん。

 どうやらヒロは、この店の支配人的な立場を確立したらしい。


「市川、これ3番テーブルによろしく!」


「りょ!」


「佐藤、これ1番テーブル!」


「おーけい!」


「松永、これ7番テーブルに!」


「任せて!」


 うん、お店開こっか。

 シェフいないけど。


 一通りクラスを見回すと、特にやることはなさそうだった。


 はぁ、とりあえず休むか、ずっと働いてたし。

 そう思った矢先、試練がやってきた。


「おい柚、これって愛情の有無聞いたか?」


 ギクッ。


「聞……いたよ?」


「今ギクッて……。ふーん、よしっ聞いてこい」


 1度手渡したはずの紙が俺の元に戻ってきた。


「分かった分かった。聞いてこればいいんでしょ」


 重い脚を必死に動かし、再び2人とご対面。


「あのー、すみません」


「「ん?」」


「愛情はご利用ですか?」


 神様、体育祭の時以来だね。

 今回は頼む。

 本気まじで俺を救ってくれ。

 

「「もっちろん!」」


 もう三度と信じないから!

 いや、やっぱりいざとなったらお願いします。


「かしこまりました。失礼します」


「ねぇ柚」


「……はい?」


「期待してるよ」


 その吸い込まれそうな妖艶な瞳に、俺は一瞬心を奪われてしまった。

 微かに揺れる髪、柔らかな笑顔、流石はあゆだ。


「お任せください」


 しかし、自分が今メイド服を着ているという事実が、ギリギリのところで現実に引き戻した。

 なんか、助けられちゃったね。

 ありがとう。


「ちょいちょい、ちょいちょい、柚早く戻ってきて」


「あっ、ごめんごめん」


 ヒロに手招かれ裏へ戻ると、左手にお盆が乗せられた。


「なにこれ」


「あゆちゃんのとこの品、提供よろしく」


「えっ、もう出来たの?」


「俺の耳は『はい』か『Yes』しか受け付けてませーん」


「は、はい」


 間違いない。


 全員の手際がよくなったことで、提供スピードが格段に上がっている。

 これ、後半組の仕事無くなるんじゃないか?


 各ケーキはまだ少し余裕がありそうだが、エクレアは残り2つ。

 まぁ、俺の知ったことじゃないか。


 そんなことを考えているうちに、席に着いた。


「お待たせいたしました。

 紅茶2つと、チョコケーキ、シュークリームです」


「美味しそうー!」


「うおっ、これまた本格的なの出てきた!」


 よーし、これで俺の仕事は終わりだな。

 時計に目をやると、11時50分。


 そろそろ昼休憩だ。


「ごゆっくりどうぞ」


 このままバレないようにササッと退散して……。


「あれ、愛情は? ちゃんと頼んだよね?

 あっ、まさかもう注いであるとか!?」


「もしそうなら、いちいち聞かないんじゃないかな?」


「あっ、確かに! ということは、今からやってくれるの!?」


 チッ、バレたか。

 俺は人の目で負えない速さで席に戻った。


「では、愛情を注がせていただきます」


「おっ、きたきた!」


「ななな、なんか私も緊張してきたんだけど……!」


 はぁ、やるしかないんだよな。


 ふっ、気合い入れろ。

 今回はパターンBでいくぞ。


「それではご一緒に、『美味しくなーれ、萌え萌えきゅーん!』とお願いします」


「おお、なんかいいね!」


「や、やるよ!」


 あゆは親指を立て、いつも通りのノリノリ具合。

 一方ミサキちゃんは、ちょっと無理してるって感じか。


 で、俺は罰ゲーム継続中と。


 パターンBというのは、俺だけが動くタイプのこと。

 動きはAと同じだから、特別覚える必要は無いんだけど。

 ただ、


「いきますよ、せーの」


「「「美味しくなーれ、萌え萌えきゅーん!」」」


 俺だけが恥ずかしい思いをするのがパターンBである。


「では、失礼します」


 自然と回る脚のおかげか、俺はいち早く裏に帰ることができた。


「おっ、柚じゃん。お疲れさん!」


「うぃーす」


 何となく、ヒロとハイタッチした。


「はぁ。でもこれでようやく、メイド服が脱げる!」


 そう思った瞬間だった。


「ねぇ柚くん、一緒に写真撮ってくれない?」


「あっ、私も撮りたい!」


「私も私も!」


 俺の黒歴史もとい、俺と写真を撮りたい変わり者が集まり始め、大写真会が始まった。


「じゃあ俺が撮るよ、はいチーズ」


 面白そうだと思ったのか、すぐさまカメラマンに就任したヒロが次々と写真を撮っていく。


「はい、次の人スマホ渡してねー」


「お願いします!」


 この後聞いた話では、写真待ちの行列が5組の廊下まで続いていたらしい。


「はぁ、本っ当に疲れた」


 昼休憩の時間になった瞬間、俺とヒロは屋上に上がった。


「ほれっ、主役に唐揚げを1つやろう」


「ありがと。なぁヒロ」


「ん?」


「心が疲れるって、こういうことを言うんだな」


「さ、悟り開いてる……!? なんというかほんと、お疲れさん」


 そんなこんなで、俺は何とか前半の部を乗り切ったのだった。

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