第33話 文化祭(3)

「みなさま、昨日の前夜祭は楽しめましたか? 私はとても楽しかったです!

 それはさておき、今日は文化祭本番!

 日頃の疲れを吹き飛ばし、かけがえのない思い出を作る絶好の機会です! 最っ高に盛り上がっていきましょー!」


「「「おおおおおおおおおお!」」」


 校内放送が響いたその瞬間、歓声と拍手が廊下を駆け抜けた。


 こうして、開催宣言と共に始まった文化祭本番。

 なのだが、その前に1つ気になることがあったので整理しておこうと思う。


 あれは前夜祭後、教室での一幕……。


「ゆーず、ちょっと待った」


「ん?」


「少しお話があるっす」


 帰りのST後、すぐに帰ろうとする俺を呼び止めたヒロと森田くん。


 えっ、何この組み合わせ。

 そこ2人接点あったっけ……?


 あっ、同じクラスか。


「なに? 大事な話?」


「うーん、そうとも言う! まぁまぁ、いいから座りなって」


 はぐらかすように目の前にあった椅子をそっと引くヒロ。


 あっ、今誤魔化した。

 これ面倒臭いやつだ。


「やだ、帰る」


「はぁ、なら仕方ない。森田くん」


「おっす」


「えっ、ええ……」


 森田くんに腕を掴まれた俺は、半ば強引に椅子に座らされた。


 なるほど、そのための柔道部ってわけね。

 流石にこれは逃げられそうにないな。


「それで、ここまでした理由は?」


「あっ、えーと、なんか悪いんだけどさ、無理やり座らせるほどでも無かったかも……なーんて、あははははー」


 こいつ、舐めてんな。


「よしっ帰る」


「あ待てっ! も、森田くん!」


「お、おっす!」


 席を立ち、帰ろうと試みるが、森田くんはガタイに見合わず動きが速く……。


「で、なんの用?」


 捕まってしまった。


「ま、まぁあれだ。柚はとりあえず、これだけ覚えといてくれ。

 明日の15:30分、あゆちゃんを連れて1組に行く! 絶対来いよ、以上!」


「お待ちしてるっす!」


 ん? 自分のクラスなんだから、来いよも何も、出し物だって知っちゃってるし……。


「どういうこと?」


「まぁ、それは来てからのお楽しみってやつよ」


「そうっすそうっす」


「ふーん、一応分かったって言っとく」


「おうよ!」


 と、こんなことがあった。


 ヒロの言い方的に、俺とあゆに対して何か仕掛けてくるのは確定だとして、気になるのはその内容だな。

 現状考えられるのは、『あゆにメイド服を着させる』とかか。


 まぁ、こればかりは時間にならないと何とも言えないけど。

 頼むから、変なことはしないでくれよ……。


 時は流れ、各クラスが最終調整を終えた頃。


「そろそろ開店か、頼むぞメイド長!」


「おいやめろ」


 執事服に着替えたヒロは、嘘偽りなく様になっている。

 ムカつくけど、これは看板男として売れるレベルだ。


「それでは、自由時間スタートです!」


 そしてついに、アナウンスに合わせ、扉が開かれた。


「おっ、早速お客さんだぞ。ほらほら、挨拶は?」


「い、いらっしゃいませ、ご主人様」


「「「いらっしゃいませ、ご主人様」」」


 ミニスカートが揺れるたび、下着が見えそうになるだけじゃなく、胸元には慣れない重みが備わっている。

 なんで、なんで、なんで俺がこんな目に……。


「えっ、嘘!? 超可愛いんですけど!」


「まさか柚くん……? あっ、やっぱそうだ!」


「後でうちらと一緒に写真撮ろー!」


 ごめんなさい嫌です。

 一旦俺は、全力の笑顔で誤魔化し、その場を乗りきった。


 そんなわけで、最初のお客さんは4組のギャルたちだ。


 確か左から、藤原咲希ふじわらさき水面雫みなもしずく平川梓ひらかわあずさだった気がする。


「あの3人、学校ではかなりの有名人だぞ。

 もしかしたら、拡散されてめっちゃ客来るかもな」


 笑いながらそう言うヒロの脇腹を、俺は静かに殴った。


「痛ててて……」


「お席へご案内いたします」


「あっ、ならあたしあそこの窓際がいい!」


「私もそこがいい思ってた! あーずーは?」


「うちはどこでもーって感じ」


 うわぁ、本物のギャルだ。

 実際見てみると、陽のオーラすごいな。


「へぇ、結構内装凝ってんじゃん」


「そうだ、ピンスタ用の写メ撮らなきゃ」


「あっ、うちもうちも」


「ずるい! あたしも撮る!」


「「「いえーい」」」


 やけにハートが多いこの内装は、男子たちの努力の結晶だ。


 ピンクのハート柄カーテンが光を柔らかく遮り、天井からはハート型の風船が無数にぶら下がっている。


 黒板には大きな文字で『メイド喫茶』の文字が描かれ、その周りにハートマークがびっしりと。


 男子たちが一生懸命作った飾りつけは、予想以上に本格的だった。


 ほんと、不器用なあいつらがこれをやったかと思うと、なぜか胸が熱くなる。

 まぁメイド喫茶を知らない俺が、不思議とメイド喫茶っぽいと思ったくらいだからな。


 これはもう、相当な完成度だと思う。


「この内装は当店のこだわりだそうです」


「うわっ、めっちゃ他人事じゃん! ウケる」


 おっ、生ウケるいただきました。


「えーと、じゃああたしはミルクレープと紅茶で」


「私は紅茶とショートケーキにしようかな」


「うちは紅茶とチーズケーキ」


「かしこまりました。あ、あの……」


「「「ん?」」」


「愛情は必要ですか……?」


「「「もっちろん!」」」


「かしこまりました。失礼します」


 はぁ、最悪だ。


「ヒロ、オーダーよろしく」


「はいよ!……って、愛情入ってんじゃん!

 頑張れよ、柚」


 もう死にたい。

 しばらくして、注文の品の準備が整った。


「柚、1発かましてこい!」


「が、頑張る……」


 ヒロは大きなお盆を渡すと、俺の背中を優しく押し出すように叩いた。


 ふぅ、これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢……よしっ。


「お待たせいたしました」


「「「おおおおお」」」


 配膳を終えたら、注文された愛情タイムだ。


「そ、それではみなさん、ご一緒に愛情を注いでいただきます。私が『せーの』と言ったら、続いて『ラブ、ラブ、ビーム』と言っていただけますか?」


 俺は手でハートを作りながら、右・左・真ん中の順に動かす旨を伝えた。


 すると、流石はギャルと言うべきか。


 藤原咲希は「おっ、いいね!」とウインクし、隣に座る水面雫は「ちゃんと大きな声でね!」と付け加えてくる。


 極めつけに、平川梓が「しっかり注いでよ、頼むよ?」と煽ってくる始末。


 ギャル怖い……。


「で、ではいきます」


 背中に感じるみんなの視線。

 でも、やるしかない。

 大丈夫、これは夢だ。


「せーの」


「「「ラブ、ラブ、ビーム!!!」」」


 一瞬にして静まり返る教室。

 しかし数秒後には、暖かな拍手に包まれていた。


「ヒューヒュー、柚くん最高じゃん!」


「柚くん可愛いよー!」


「あっ、今写真撮ろー!」


「「「いぇーい」」」


 突然肩を組まれ、パシャリと1枚。

 その際、クラスの男子から向けられる嫉妬の眼差しは一切気にならなかった。


 まぁ確かに、身体の疲れや恥ずかしさは残っていたけど、それ以上に、自分がやり遂げたという満足感があったから。


「よくやった……本当によくやったぞ俺……」


 俺はこっそりと、自分に言い聞かせる。


「うーん、ミルクレープ美味しぃ」


「紅茶も美味しいよ!」


「交換しよ! 1口ちょうだい!」


「「いーよ!」」


 正直、1度接客を終えてしまえば、あとは楽勝だった。


 どんな相手が来てもやることは大して変わらないし、プライドを捨てた俺はロボットと同義。

 そう思っていた。


 あゆが来るまでは……。

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