第32話 文化祭(2)

 その日の昼放課、俺たちは普段通りピクニックテーブルで昼食をとっていた。


「へぇ、2組はお化け屋敷か」


「うんうん、定番だけど面白そうじゃん! 

 グーグーだよ!」


 (文化祭名物お化け屋敷、これは……恋が始まる予感!?)


 両親指を立てるヒロは、購買で買ったチョコチップメロンパンを口に咥えている。

 どうせ『一瞬たりとも離したくない!』とか、そういうしょうもない理由だろうけど。


「ねぇねぇ、1組は何やるの?」


「ふっふっふ、聞いて驚け。

 我ら1組は……そう、喫茶店さ! あっ、ち・な・み・に、あゆちゃん分の制服も準備する予定だからね! なっ、柚」


「まぁ一応」


 突然立ち上がったかと思えば、真面目な顔でジャマイカ1有名な短距離選手のポーズを取るヒロ。

 その口にはやっぱり、メロンパンがしっかりと咥えられていた。


 流石は変じ一一こほん、俺の理解者だ。


「へぇ、喫茶店か……って、ええ!?

 私も制服着ていいの!?」


「もっちろん!」


「おーい、騙されてんぞー。その前にちゃんと、『メイドの』が付くからなー」


「あっ、メイド喫茶ってこと!?」


 あゆは一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに水筒のお茶を飲み、玉子焼きを口に運んだ。

 きっと、相当お腹がすいていたんだろう。


 流石は能て一一こほん、俺の幼なじみだ。


「……はわわわわわわ……」


 ところで、この焦ってる男は無視でいいよな?

 まぁ、触れなくてもどうせそのうち……。


「おいおいおいおい、なんで言っちゃうんだよー!

 そんなこと言ったら、メイド服着てくれなくなるかもしれないだろぉぉぉぉぉ!」


「ん? 着てくれなくなるかもしれない……?

 それってもしかして、私に言ってる?」


「ほらバレたじゃん!」


 やっぱ勝手に口滑らせて自爆したか。

 ほんと、予想通り過ぎて呆れちゃうな。


 その後、ヒロは拗ねたのか、机に突っ伏してしまった。


 ごめんけど、戦犯はお前だからな。

 絶対俺のせいにすんなよ、絶対だからな。


「メイドってことは、やっぱりメイド服、だよね。メイド服……メイド服……メイド服かぁ……」


 一方その頃、あゆは頭の中で、自分のメイド服姿を想像しているようだった。

 そして1分が経った頃、ふと口を開く。


「柚は見たいの?」


「な、何を?」


「私のメイド服姿……」


「っ!?」


 今の、なんかエッチだったな……じゃなくて。


 モグモグと口は動いているものの、あゆの瞳に曇りは見えない。

 つまりこれは、真剣に聞いてるってわけね。


 まぁいいや。

 特別減るもんでもないし、正直に言うか。


「うん、見てみたい。きっとあゆなら似合うだろうし、それに、それに……めっちゃ可愛いと思うから……」


「か、可愛い……!?」

 (そそそそれって、柚がそう思うってことなの!?)


 あれ、なんかまずいこと言っちゃったかな……。


 闇のオーラを放つヒロの反対側で、あゆもまた机に突っ伏してしまった。


「一一一一」


 それで、早速何か呟いてるみたいだけど、耳が紅潮してるのはなんだ?


 とりあえず、怒っては……無さそうだな。


「メイド服着てくれないメイド服着てくれないメイド服着てくれないメイド服着てくれない……」


「柚が可愛いって柚が可愛いって柚が可愛いって柚が可愛いって……」


 少しして、突然勢いよくあゆが身体を起こした。


「……着る」


「えっ? 今なんて?」


「私着る、メイド服着るから!」


 すると次の瞬間、ヒロの闇オーラが一瞬にして光へと変わった。


「おお、あゆちゃん最高だよ!」


「でしょでしょ! 柚も期待しててね!」


 唐突なあゆのウインクが俺を襲う。


「う、うん。期待してる」


 何とか直撃は免れたが、思わず狼狽えてしまった。

 ほんと、凄まじい破壊力だこと。


「あーゆーちゃん! あーゆーちゃん! あーゆーちゃん!」


「あ、あの、ヒロくん……? そろそろ食べないと時間来ちゃうよ?」

 (あああああああ! 恥ずかしいからやめてぇぇぇぇぇぇ!)


「あっ、そうだった。まだ食べかけだった」


 2人が焦った様子で昼食を食べ進める中、俺は1人考えごとをしていた。


 あれはそう、夏祭りの翌日。

 『きっと、俺はあゆに恋をしている』、あの時は確かにそう感じた。


 でも、果たしてそうか?


 俺は目の前であゆが他の男と仲良く話をしていても、特に何も思わないし感じない。

 これって多分、恋してたら何かは思うはずだよな。


 つまり、あの時の感情は恋とは違う別の何か。


 あっ、そうだ。

 この文化祭で確かめればいいじゃん。


「なぁあゆ」


「ん? なーに?」


「文化祭、俺と一緒に回らない?」


「・・・・・・えっ?」

 (それって、デデデデートとのお誘い!?)


 固まってしまうあゆ。

 この顔どっちだ?

 良いのか? だめなのか?


「嫌だった?」


「そそそそそそそそそんなことないよ!

 わわわわわわわわわ私でよかったらぜひ!」


 突如目を見開いたかと思えば、顔を赤く染め、弁当箱を持つ手を震わせている。


 この場合、『ぜひ』って言ってくれてるし、オッケーってことだよな。


「よかった。それじゃあまた文化さ一一」


「それじゃあ私、食べ終わったからまたね!」


「あっ、ちょっと」


「あゆちゃんまったねー!」


「ばいばーい!」


 俺の言葉を遮ったあゆは、弁当を持って足早に屋上を後にした。


 でも、これでようやく確かめられる。

 あゆに対する、俺の本当の気持ちが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る