第31話 文化祭(1)

 今日のホームルームは、来月に控えた文化祭について、決めることを決めちゃおうということらしい。

 当然、中心となるのは頼れる室長だ。


「それではまず、出し物を決めたいと思います。

 何か意見があるひ一一」


「はいはいはーい!」


 室長改め、彦根さんの話を遮ったヒロ。

 その行動は当然、クラスの注目を一気に集める。


「さ、里崎くんどうぞ……!」

 (び、びっくりしたぁ……。でも、これだけの自信、一体どんな意見が出てくるの……ごくりっ)


「ここはやっぱり……メイド喫茶一択でしょ!」


 しばらくの沈黙の後、クラスの男子共が騒ぎ始めたのは言うまでもない。

 男子ってのは、単純な生き物なのだ。


「おおおおお!」


「流石はヒロだぜ!」


「これもう決定だろ!」


 クラスの一部が盛り上がる中、冷静な俺と彼らに冷たい視線を向ける女子たち。


「最っ低」


「絶対着ないからね」


「普通に恥ずかしいから」


 クラスは完全に二極化、いや、正確には俺、男子、女子の三極化状態だ。


 つまり、こうなる。


「ねぇ、柚くん!」


「なぁ、柚!」


「「どう思う!?」」


 両陣営のリーダーである彦根と里崎は、俺を取り込もうと迫ってきた。


 ここでどっちでもいい、なんて言ったら俺が終わるよな。

 なら、ここは丁寧に言葉を選びつつ……。


「確かに、メイド喫茶は定番になりつつある選択肢だと思う」


「「「おっ、ってことは!?」」」


「でも、女子はやりたくないんでしょ?」


「「「うん!」」」


「ならさ、男子がメイド服着ればいいんじゃない? 別にメイド喫茶の形は1つじゃないんだし」


 うんうん、我ながら名案だ。


 メイド喫茶をやりたい男子たちと、メイド服を着たくない女子たちの両意見をちゃんと取り入れてある。


 まぁ唯一気になるのは、一瞬空気が凍りついたように感じたことくらいかな。


「ちょっと、柚くんー?」


 ヒロの声がしたかと思えば、鬼の形相がどんどん近づいてくる。


「はい?」


 でも、こればかりは仕方なかった。

 だって、ここで俺がどちらかの味方をしようものなら、クラス崩壊は免れなかっただろう。

 それこそ出し物どうこうの前に。


「どういうことかな?」


「そのままの意味だけど」


「はぁ、全くお前ってやつは」


 そう、寧ろ褒めて欲しい。

 俺はクラス崩壊を未然に防いだうえに、代案まで用意してやったんだから。

 

 しかしこの直後、ヒロの囁きによって俺は意見を変えることになる。

 いや、変えざるを得なくなったと言っていい。


 だって、


「……ここだけの話、あゆちゃんにも着せようと思ってたんだけどなぁ。メイド服……」


「……っ!?……」


 そんなの見てみたいじゃん?

 そんなの見るしかないじゃん?

 そんなの頭下げるしかないじゃん?


「女子の皆様方、ぜひメイド喫茶をやる許可を、何卒よろしくお願いします」


 気づけば、俺はなんの躊躇いもなく女子たちに頭を下げていた。


「えっ、あのクールな柚くんが頭を下げてる……!?」


「うそ、あの柚くんが……!?」


「あの柚くんが……!?」


 すごーく気になる。

 その『あの』って何ですか。


 俺は別に普通の1生徒ですよ。


「ねぇ室長、あの柚くんが言ってますし」


「あの柚くんがですよ」


「だめ、ですか……?」


 何やら空気が変わり、最終判断は室長に委ねられたらしい。


「……んっ、分かったわ。今回は柚くんに免じて着てあげる」


「おお!」


「私も着ます!」


「「「やったぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 彼女のおかげで、女子たちは提案を受け入れてくれた。

 これはお礼しなきゃな。


「彦根さん、ありがとうござ一一」


「その代わり……!」


 ん? 物凄く嫌な予感が……。


「柚くんにも着てもらうからね!」


「「「うんうん!」」」


「「「どうぞどうぞ!」」」


 ・・・はっ?


「はいはい、モテ男おつー」


「えっ、どうなってんの?」


「へぇ、柚は天然の女たらしだったのかー。

 あーあー、早くも楽しみになっちゃったなぁ、バレンタイン」


 意味ありげな言葉を残し、ヒロは自分の席に戻っていく。


「まじでどういうこと……?」


 モテ男にモテ男と言われるこの矛盾。

 俺はなんとも言えない気持ちになってしまった。


「よーし! 出し物も決まったことだし、次は役割を決めるわよ!」


 再び壇上に戻った室長が声を張り上げる。

 すると、


「「「うおおおおお!」」」


 そこに一体感の増したみんなも乗っかってきた。


 なんだか、みんな仲のいいクラスって感じだ。


「と言っても、接客は女子と柚くん、簡単な調理を男子でいいよね?」


「「「異議なーし!」」」


「いやいや、大いに異議ありなんだけど」


 しかし、みんなの声に打ち消され、俺の声は虚しく教室の角に散った。


「じゃあ次、メイド服と執事服を作りたい人ー!」


「それは私たち裁縫部がお任せ下さい!」


 女子2人と男子1人が手を挙げる。

 これは心強い。


「ありがとう! じゃあ次、メニュー作りをしたい人ー!」


「はい!」


「はーい!」


 どうやら、メニュー作りは大人気のようで、クラスの大半が手を挙げた。


「まぁ他にやることもないし、みんなはメニュー作りをしつつ、裁縫部の子たちをサポートするってことで! 異議ある人ー!」


「「「異議なーし!」」」


「だから異議あるんだって」


 しかし、またしてもみんなの声に打ち消され、俺の声は虚しく教室の角に散った。


「こんなことなら、めっちゃ元気なやつ演じとくんだった」


 結局色々なことを経て、よく分からない後悔に落ち着く俺であった。

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