第30話 お月見(2)

「いただきまーす!」


 あゆは包み紙を捲ると、大きく口を開け、バーガーを頬張る。


「うーん、幸せぇ……柚ありがと!」


「どういたしまして」


 その言葉通り、彼女の顔からは幸せの色が滲み出ていた。

 いいな、あゆはいつも自然体で。


「……まぁ、それが魅力なんだけど……」


 未だ収まらぬ鼓動に気を取られ、無意識に口が動いた。


「ん? 今なんか言った?」


「えっ、俺今なんか言った?」


「うん、絶対なんかは言ってた」


「絶対の絶対?」


「絶対の絶対」


 どうやら、心の声が漏れていたらしい。


 でもなんだ?

 えーと、今の俺が言いそうなことでしょ。

 んんん、言いそうなこと、言いそうなことねー……あっ。


「思い出した。俺のも1個取ってくれる?」


「もちろん!」


 当然、思い出したなんてのは咄嗟に考えた真っ赤な嘘だ。

 それでも、余計なことを口にするよりかは、幾分もマシだと思った。


「なんだー、柚もお腹すいてたんだね! そうならそうって言ってくれればよかったのに!」


「うん、実は、結構すいてたんだよねー」


 幾分かマシ……なはず。

 ねぇあゆ、別に食い意地張ってるわけじゃないからね。理解してね、ねっ、ねっ!


「ちょっと持ってて」


「うん」


 あゆは俺に食べかけのバーガーを預け、紙袋から新しいものを取り出した。


「はい!……って、あれ? 食べなかったの?」


「ん? これのこと?」


 俺は右手に持つバーガーを少し持ち上げた。


「うん、全然食べてよかったのに」


 あのさぁ、食べてよかったのにって、これあゆの食べかけじゃん。

 それに俺、今日初めて月見バーガー食べるから、どうせなら新品がいいなぁ……なーんて。


「っていうかね、柚に食べて欲しいな」


 なぜかあゆは、上目遣いで俺の目をじっと見つめる。

 しかも、天女の羽衣っぽい服のせいか、夜風に揺れる髪のせいか、その姿はとても色っぽく映った。


 そんなのずるじゃん。


「はいはい、分かったよ」


 特に引き下がる気も無さそうだったので、俺はバーガーを口に運んだ。


「おっ、美味しいじゃん」


 ジューシーなビーフパティの満足感、クリーミーな目玉焼きと濃厚チーズのまろやかさ、そして、そこに加わるほんのり甘いソース……最っ高。


「だ、だよね……! 私思わず感動しちゃったもん!」


 (よ、よしっ! ちょっと無理やりな感じになっちゃったけど、無事関節キスゲットだよ!)


 結局、俺はあゆの食べかけを、あゆは新しいものを食べ進めた。

 まぁ相手があゆなら、特に不快感も感じないしね。


 その後、俺とあゆは続け様に、もう1つずつ月見バーガーを食べた。

 しかもあゆに至っては、


「あっ、ポテトもあるじゃん! 食べていいの!?」


「うん、もちろん」


「やったー!」


 という具合に、喜んでポテトにまで手を伸ばしている。

 まだ食べるんだ、すごいね。


 でもまぁ、たくさん食べる女の子は嫌いじゃないけど。


「俺は飲み物もらおっかな。あゆ、中のコーラ取って」


「はーい」


 ここでふと気づいた。

 俺って今、超幸せなんじゃね?


 あゆからコーラを受け取った俺は、ストローを差し1口。


「はぁ、沁みるぅ」


 予想通り、コーラの強い炭酸はコテっとした口の中をリセットしてくれた。


「ふぅ」


 そんな満足そうな顔の俺を見たからか、あゆが言う。


「私も1口飲んでいい?」


「あっ、それなら、あゆの好きなバニラシェイク買ってきてあるよ」


「いや、今はコーラの気分なの」


「えっ、わざわざシェイクある店で買ってき一一」


「コーラの気分なの!」


 先程より、語気が強まった。


「はい、どうぞ」


 大人しく俺が差し出すと、あゆは嬉しそうにコーラを飲む。

 そして、


「くぅぅぅぅ、最っ高!」


 と目を輝かせた。


「そうでっかそうでっか。よかったですねー」


 せっかくあゆのためにシェイク買ってきて

あげたのに。

 普通にちょっと嫌いになりそうかも。


「えへへ、関節キス返ししちゃった」


「なにそれ」


 くそっ! 可愛いかよっ! 全部許すよっ!


 俺は多分、単純なんだと思う。

 うん、きっとそうに違いない。




 それから15分が経った頃、紙袋にゴミをまとめた俺とあゆは、寝転がりながらしっぽりと月を眺めていた。


「綺麗だね」


「うん、そうだな」


 少し欠けた月は、満月とは呼べないまでも丸々としていて、それはそれは綺麗だった。

 そんな月の明かりに照らされる街並みは趣があり、心做しか喜んでいるようにも見える。


「そういえば、十三夜について調べたよ」


「ほーん、どうだった?」


「なんかね、十五夜は中国伝来の文化で、十三夜は日本独自の文化なんだって」


「へぇ、そうなんだ」


 俺を楽しませるためなのか、話す内容を作るためなのか、その真相は分からない。

 ただ、ちゃんと調べてくるあゆのこういう所が、俺はす…………ストロングポイントだと思う。


「あっ、それでね」


「う、うん」


 何言おうとしたんだ、俺……。


「十五夜と十三夜は、2つ合わせて『二夜の月』って呼ばれてて、どちらか1つしか見ないことを片見月って言うんだって」


「へぇ」


「ちなみに、片見月は縁起が悪いらしくて、基本的には両方見た方がいいらしいよ」


「へぇ、ちなみに十五夜っていつなの?」


「あーそれなんだけどね、どうやら今日が十五夜だったみたい。

 というわけで、1ヶ月後またお月見しようね」


「うん」


 あれ、なんか今予定決まらなかった?


 まぁ、別にいっか。

 あゆと一緒ならどうせ楽しいだろうし。


 話が終わったタイミングでスマホに目を見ると、時刻は22時半になる手前だった。


「あゆ、俺そろそろ帰るね」


「えっ、もう帰っちゃうの?」


 俺が身体を起こすと、あゆも続いて身体を起こす。


「もうって言うけど、もう22時半だよ」


「ありゃま、ほんとじゃん」


 自分のスマホを見たあゆは、驚きの表情を浮かべた。

 正直、俺も確認するまでは時間の感覚を完全に失っていたから、こうなるのも無理はない。


 これも全て月の持つ魅力のせいだ。

 ほんと、最高だったよ。


「じゃあまた学校で」


「うん! また学校で!」


「「おやすみ」」


 こういう1日も悪くないな。

 今日は、心からそう思えた1日だった。

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