第20話 夏祭り(1)

『8月10日の夏祭り行きたい人ー!』


『はーい!』


『はーい!』


『柚は来るかな……?』


『絶対連れてくから任せて!』


『おっ、助かる!』


 8月8日。

 朝早くから鳴り続けるLIMEの音で目が覚めた。


「んっ……なに、こんな朝から」


 俺は枕横に置かれたスマホを手探りで探す。


「ふわぁ……今何時?

 えっ、まだ8時じゃん……」


 スマホの光が目に染みる。


「えーと、夏祭り……?」


 このLIMEグループには、俺、ヒロ、あゆ、それから椎奈ちゃんの4人がいる。


 グループ名はつかみ取り。

 その由来は、柚子と鮎が掴めるところから来てるらしい。


 まぁそれはさておき、


「あーはいはい、理解した」


 もう行くの確定してんだ、俺。


 こうして、俺の予定に『8月10日夏祭り』が追加された。


「柚、ちょっと降りてきてくれる?」


「はーい」


 母に呼ばれた俺は、階段を下り、リビングに入る。


「なに?」


「これ見て! 浴衣!」


 入ってすぐ、タンス横に座るお母さんが俺に黒色の浴衣を見せてきた。


「へぇ、シンプルでかっこいいじゃん」


「でしょでしょ! お父さんが着てたやつなんだって!」


 やっぱ、お父さんのセンスは俺好みだ。


「よいしょっと」


 立ち上がったお母さんが浴衣を広げると、間から灰色の帯がぽとりと落ちた。


「あっ、柚拾って」


 うわぁ、帯しっぶ。


 あっ、そうだ。

 夏祭り着てっちゃだめかな。


「はーい」


 俺は拾い上げると同時にお母さんに言う。


「この浴衣、今度の夏祭りに着てってもいい?」


 その時のお母さんの顔と言ったら、ありえないと言わんばかりのあんぐり顔。

 一応、あなたの息子なんですけど……。


「も、もちろんいいわよ……!

 でも以外だったわ、まさか柚から言い出すなんて」


「俺だって男の子だよ?

 たまにはかっこつけたくもなるんだよ」


 とは言ってみたものの、自分でもよく分かっていない。

 確かに、浴衣の魅力にやられたのは認める。

 ただ、それ以上はない。


「そ、そうなのね……」


 俺、なんか変だな。


「じゃあ、適当なとこ掛けといて」


「はーい、分かったわ」


 そんな経緯を経て、俺は浴衣で夏祭りに臨む訳だが……そうなると気になっちゃうのがみんなの服装。


 もし仮に、俺1人だけ浴衣だった場合、噂によく聞く恥ずか死が訪れる。


 ってことで、とりあえず聞いてみよう。

 俺はソファーに腰掛け、LIMEを開いた。


『夏祭りの服装教えて』


『おっ、急にどうした?』


『俺は浴衣着てくよ!』


『私もその予定!』


『私も浴衣着ていきます!』


『よかった』


 この直後、どうしてという意味合いのLIMEがたくさん来たが、俺は完全スルーを決め込んだ。


 そこには恥ずかしさもあれば、みんなを驚かせてみたいという好奇心もある。


「夏祭り、楽しみだなぁ……」


 不意に出たその言葉に気づくことなく、俺は深い眠りについた。





 俺は今、夢を見ている。

 それにこれはきっと、俺が行く予定の花火大会だ。


 俺の前にはたくさんの人がいて、隣には……よく見えないけど誰かがいる。


 そして、みんなが見守る中、大きな花火が打ち上げられた。


 何度も何度も、空という大きなキャンパスを彩るその様は、言葉にできない美しさだ。


 花火が上がり始めて5分、俺は隣にいる誰かに声をかける。

そして、それにその誰かが答える。


 なぜだろう。

 はっきり見えていないのに、相手の瞳が震えているのが分かる。


 それに、徐々に顔が近づいて……!


「はっ……!?

 はぁはぁ、そういえば、今の、夢、なんだっけ……ふぅ、びっくりした」


 冷房をつけているのに、俺の身体は汗でびっしょりだった。


「あーあ、変な夢見ちゃった……。

 正夢って言葉生み出した人、絶対許さない」


 俺はその日、中々眠りにつくことが出来なかった。

 当然、昼寝をしたからというのもあるだろう。


 でも、俺の頭の中は常に、隣に立っていた見えない誰かでいっぱいだった。


 俺は浴衣が好きだ。

 着ることが決まっただけでわくわくさせてくれる、そんな浴衣が好きだ。

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