第17話 駄菓子屋

「久しぶり」


「あらあら、柚くんじゃないか。久しぶりだねぇ」


「おばちゃん、元気にしてた?」


「当然、わたしゃあいつも元気だったよ」


 ここは俺行きつけの駄菓子屋。

 もうかれこれ8年は利用していると思う。


「よかった。あっ、いつものある?」


「あるよ。ほれっ」


 ここに来ると、俺は決まって10円ガムを口に含む。

 どうやら、今日のおばちゃんの気分はオレンジのようだ。


「うん、安定の美味しさ」


「それはよかった」


 ガムを噛みながら、俺は店の一角に目を向けた。


「えっ、閉まってる。珍しっ」


 その一角には個人スペースという名がついている。


 ちなみに個人スペースというのは、店内で駄菓子を食べたい人向けに設置された隔離空間のことだ。


「あそこ、誰が入ってるの?」


「それは言えないよ。

 もし言っちゃったら、個人スペースの意味が無くなっちゃうだろう?」


「確かに、それもそうだね」


 あの場所を知る人か。

 もしかしたら、通い続けて何十年とかの人だったりして。


「はい。柚くんは外でアイスでも食いな」


「えっ、いいの? ありがと」


「なぁに、ただの入学祝いだよ」


 俺はこの駄菓子屋が好きだ。


 普段はうるさくて仕方ないセミの声も、このお店だと趣に変わる。

 ここはきっと、世界が違うんだろう。


「はぁ」


 アイスを片手に、俺は店先に置いてある木のベンチに座った。


 このベンチにも簡易的な衝立が用意され、人目を気にせず楽しめる工夫がされている。


 まぁかっこよく言うなら、この店全てがおばちゃんの優しさで包まれてるってこと。


「何このアイス、美味っ」


 そんな優しいおばちゃんがくれたアイスは、まだ食べたことのない新作だった。


「多分、ブドウとモモ、それからイチゴのミックス……かな」


 パッケージには何も書かれていない。

 でも、俺には分かる。

 普段からアイスを食べまくっている俺には。 

 

「うーん、ブドウとモモ、それからイチゴのミックスかな? 超美味しいー!」


 そんな時、横から聞こえてきた馴染みある声。


「なっ……!?」


 俺以外に分かるやつがいたのか……?


 ダメだと分かっていても、身体が勝手に隣を覗く。


「「あっ」」


 すると、全く同じタイミングで顔を覗かせたお隣さんと目が合った。


「えっ、あゆじゃん」


「おっ、柚じゃん」


 おいおい、こんな偶然があるか!……って訳でも無いんだよな。


 小さい頃なんかしょっちゅうあゆと来てたし、最近駄菓子に関するLIMEもしたし。


 こうなる予兆はあったと言っていい。


「そのアイス、おばちゃんから?」


「うん! ってことは、まさか柚も?」


「うん」


「ほんと、何も変わってないね」


 時折聞こえてくる心地よい風鈴の音。


 あゆの言うように、ここは昔から何も変わっていない。

 でも、何も変わらないからこその魅力がある。


「あっ、そういえば、個人スペース見た?」


「んっ? なんで? 別に見てないけど」


 えっ、あのあゆが気づかないなんてことあるのか……?


「だって今日、珍しく襖閉まってたでしょ?」


 俺が聞くと、あゆは少し悩む素振りを見せた。

 そして一言。


「それ、多分私じゃないかな?」


 ・・・あっ。


「使ってたの?」


「うん、使ってた」


「なら絶対あゆじゃん。

 というか、あゆしかありえないじゃん」


「うん。あっ、なんかごめん」


 少しして、俺とあゆは顔を見合わせ笑った。


「なんか懐かしいね」


「うん、俺もちょうど同じこと思ってた」


「あっ、いいこと考えちゃった!

 柚、個人スペースで待ってて!」


 出たよ。

 たまにあるんだよな、これ。


「分かった」


 俺は1人靴を脱ぎ、個人スペースに上がった。

 中に入ると、懐かしい畳の香り……と、あゆの匂いがする。


「入るのは久しぶりか」


 テーブルを囲むように置かれた4つの座布団。

 昔は確か、俺とあゆ、お互いの母が向かい合う形で座ったっけ。


「懐かしいなぁ」


 そんな具合で思い出に浸っていると、ゆっくり襖が開いた。


「お待たせー!」


 何かを片手に戻ってきたあゆ。


「何してたの?」


「ふっふーん、これを見よ!」


 あゆが見せつけてきたのは、これまた新作のhokkyである。


「イチゴ味って……美味しいの?」


「うーん、どうなんだろ? まぁでも、今回味は関係ないから」


 味が関係ないって……。

 それ、お菓子全般に対する侮辱じゃない?

 まぁいっか。


「で、それを食べるの?」


「それが違うんだなぁ。

 じゃあ柚、目閉じて!」


「えっ、やだ」


「むっ、いいから閉じてっ!」


 ゴリ押しの末、俺は渋々目を閉じた。


「はい、これ咥えて」


「んんっ」


 なぜかhokkyを咥えさせられる俺。

 俺はてっきり利きhokkyでもやらされるんだと思ってたのに。


「じゃ、じゃあ、そのままキープで……!

 絶対目開けちゃだめだからね!︎」


 口を開けたらhokkyを落としてしまいそうだったため、俺は小さく頷いて答えた。


「あむっ」


 目の前に感じるあゆの気配。

 何してるんだろ?


「あむっ、あむっ」


 しかも、それは少しずつ少しずつ近づいてくる。


「あむっあむっあむっ」


 そして気づけば、すぐそこから息遣いが聞こえる。


 目、開けちゃだめかな……?

 俺はひたすら自分と葛藤し続けた。

 そんな中、あゆが俺に言う。


「あのね、柚は知らないと思うけど、これhokkyゲームって言うんだよ」


 hokkyゲーム……?

 この響きどっかで……あっ、ヒロが屋上で言ってた気がする。


 でも、全然内容覚えてないや。

 ごめんね、ヒロ。


「それにhokkyゲームは、仲のいい人としか出来ないゲームなんだって。

 本来はお互いに食べ進めて、最後にはね……」


 なんだ?

 急にドキドキしてきた。


 今までこんなこと無かったのに。


「キスしちゃうから」


「んっ……!?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は目を開けてしまった。


「ぷっ、はい柚の負けー!」


「えっ、俺負けたの……?」


「うん! じゃあ、私帰るから!

 ばいばーい!」


 それだけを言い残し、あゆは駄菓子屋を後にした。


「おいおい、勘弁してくれよ……。

 そんなの反則じゃん」


 俺は横になり、両手で顔を覆った。

 こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。

 それからしばらくの間、俺は畳から動くことが出来なかった。


 一方その頃、先に帰ったあゆはというと……。


「あ、あの柚が照れてた……!?

 照れてたよね!?」


 こちらも同じく顔を覆っていた。


 (思い切った作戦だったけど、やってよかったー! それに……)

 

「照れる柚、可愛かったなぁ」


 その日、眠れない夜を過ごすことになるなんて、この時の2人はまだ知らない。


 俺はあゆが嫌いだ。

 俺の頭から離れてくれない、そんなあゆが嫌いだ。

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