第13話 海(1)

「もう夏か……あっちぃ……」


 そう言って、俺はカーテンを閉めた。


 『夏』と言われて、みんなは何を思い浮かべるだろう。


 いくつか簡単に挙げるなら、カブトムシ、セミ、海、スイカ、七夕あたりか。


 ちなみに俺なら、夏休みって答えるけど。


「ねぇねぇ、海行かない?」


「いいねっ!」


 へぇ、あの2人仲良いんだ。


「海行かね?」


「いいぜっ!」


 へぇ、この2人も。


 それより、みんなアクティブだなぁ。


「俺と夏は無縁バター……なーんつって」


 少し前、突如として増えた夏らしい会話。


 海なんて行っても暑いだけじゃん派の俺は、ついつい尊敬の念を抱いてしまう。


「はぁ、寝よ」


 とその時、トントンと右肩が叩かれた。


「おい、そこの暇そうな君」


「ん?」


「俺と一緒に、海に行かないか?」


「却下で」


「えぇっ、拒否るのはやー」


 俺とヒロは気が合う。

 でも、見ている世界は違う気がする。


「女の子でも誘って行ってきな」


「やだっやだっ! 柚くんと行きたいー」


 ほんと、人前でこういうことが出来るのって才能だよな。


「ちなみに、行くならいつ?」


「今週末を予定しております」


 わざわざ立ち上がって答えるあたり、どうしても海に行きたいのだろう。

 仕方ない。


「まぁ、ビーチの日陰で休んでるだけでもいいなら、行ってあげてもいいよ」


「えっ、今なんて言った……? ねぇ、ねぇ!?」


 めっちゃ嬉しそうじゃん。

 ヒロはありえないぐらい距離を詰めてきた。


「だから、条件次第では行ってもいいって……」


「うおっしゃああああああ!

 盛り上がってきたあああああ!」


 友達付き合いは大切だ。

 でも、俺が行くって言っただけでここまで喜んでくれるのか。


 俺って大切にされてるんだなぁ……。


「あっ、そうだ! あゆちゃんとミサキちゃんも誘っちゃお!」


「えっ、2人じゃないの?」


「おいおい、海ってのはな、多ければ多いほど楽しいんだよ!」


 あっ、これ何言っても無駄なやつだ。


「はいはい、分かった分かった。お好きにどうぞ」


 俺は諦め、眠りについた。


 そして時は流れ土曜日の朝。


「おっす柚!」


「お、おっす……」


 なぜか俺の家の前に、真っ白なキャラバンが止まっている。


「あれ、何人乗ってんの?」


「そんなの、乗れるだけに決まってんじゃん」


 目測では、俺、ヒロ、ヒロの父の3人を除いて7人は乗れるサイズ。


「絶対知らんやついんじゃん……これ」


 斜めがけカバンの紐が微かに下った。

 まぁ、昔の俺なら落としてたし、よく耐えた方か。うん。


「ノンノンノン、それはないよ。

 あっ、でも、あゆちゃんとミサキちゃんはクラス違うよね」


「えっ、それだけ?」


「おう。他はみんな同じクラスのやつだぞ」


 この顔、嘘はついてないな。


「おけ、行くわ」


「えっ、今の今まで行くか悩んでたってこと!?」


「うそうそ、冗談だって。早く行こ」


「お、おう……」


 (柚、怖ぇ……)


 にしても、ヒロの父は見た目からヒロの父だな。

 あのグラサン、角度バグってんでしょ。


 フロントガラス越しに見える日焼けした肌とイカしたグラサン。

 そして何より……。


「よろしくお願いします」


「おう! 全然寝てもらってええでな!」


 この話し方。

 勢いがある感じとかほんとそっくりだ。


「はい。ありがとうございます」


 えーっと、空いてる席は……1番後ろか。


「ヒロはどこ乗るの?」


「俺は助手席乗るよ。あっ今の、隣にいて欲しかったって意味か!?

 すまん、こんな俺を許してくれぇ」


「あっ、うん。許す」


 俺は1番後ろの席に乗り込んだ。


 だって、エアコンの効いた車内でしょ?

 そんなの寝ちゃうに決まってんじゃん。


 どこの席にいても変わらない変わらない。


「へっへっへ、柚は私の後ろかね」


「……何その話し方」


 シートに手を付き後ろを向くあゆ。

 人の車だってのに、変わらんねぇ。


 そんなことを思っていると、横からピョコっと顔が出てきた。


「あっ、柚くんだよね! あゆはからよく話聞いてます……じゃなくて、初めまして!

 あゆの友達のミサキです!」


「どうも」


 ミサキさんね。

 名前忘れがちだから気をつけないと。


「良かったら、あゆの隣座ります?

 2人って幼なじみなんですよね?」


「えっ、な、なに言っちゃってんの!?」


 なんか変に気遣わせちゃってるな。


「いえ、俺はここで大丈夫です。

 どうせ寝るだけなんで」


 こんな不器用な感じでごめんだけど、ちゃんと伝わったよね……?


「そ、そうですか」


 ふぅ、よかった。


「ふぅ、焦ったぁ……」


 今、シートに身を隠すあゆが何か言っていた。

 それに、内容も何となく分かっている。


 そりゃあ、仲いい友達が隣にいた方がずっといいよな。

 俺なんかより。


「ほんじゃあ、出発すんでー!」


「「「はーい!」」」


「はーい」


 まぁそんな訳で、俺は数年ぶりに海へ行くことになった。


 せっかく行くんだし、少しは泳ごう。

 そんなことを考えているうちに、俺はもう眠っていた。


 俺はヒロが好きだ。

 こういう集まりに俺を呼んでくれる、そんなヒロが好きだ。

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