第12話 梅雨

「やばっ、傘忘れた……」


「えっ、やばいじゃん!?

 私、家から傘持ってこよっか?」


 梅雨。

 それは憂鬱な気象現象に付けられた名である。


「ううん、大丈夫。

 30分もしたら雨止むみたいだし、私、宿題やって待ってるから」


「そこまで言うなら分かった。

 でも、何かあったらすぐLIMEしてね」


「うん」


 そう返事はしたものの、スマホの充電はとうに切れている。


「よしっ、宿題やりますかー!」


教室に戻った私は、早速宿題に取り掛かる。

 それから、30分が経過した。


 (あー、早く止まないかなー)


 宿題は終わったというのに、雨が止む気配は無い。


「もういいや。帰ろっと」


 結局、1時間が経過した辺りで、私は帰宅を決意した。


「うわっ、冷たっ! これ絶対風邪ひくじゃん……っていやいや、この時間がもったいないよね! ゴー!」


 スクールバッグを頭に乗せ、私は勢いよく飛び出した。


 (あれぇ、ちょっと強くなってきちゃったな……)


「お邪魔しまーす……」


 商店の雨よけに入ったはいいものの、この小ささだ。

 横殴りの雨を完全には防いでくれない。


「これ意味ある? はぁ、そのまま帰った方がよかったかな」


 止むどころか、雨は威力を増している。


「……よしっ、行くぞ」


 再び走る覚悟を決めたそんな時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あっ、雨に打たれてる子猫発見」


「ゆ、柚っ!?」


 そこには、大きな傘を差す、私の幼なじみが立っていた。


「ほんと、何してるの?」


「実は、鍵忘れちゃって……えへへ」


 今思えば、柚は私を探しに来てくれたんだと思う。


「いいから早く行こ。風邪ひくよ?」


「で、でも、私びしょ濡れだし……」


「別に気にしないから」


「で、でも、でもでも……」


 恥ずかしいから、なーんて本人には言えない。


「とりあえず来て、俺が風邪ひく」


「そ、そうだよね……! 失礼します……」


 そこからの記憶は、古びたフィルムのように途切れ途切れである。


「顔赤いよ、大丈夫?」


「あーうん! 全然平気だから!」


「そう? ならいいけど」


 残っているのは、こんな会話をした記憶や、


「柚、肩濡れちゃってるよ」


「別に気にしない」


「いや、私が気にしてるんだけど」


 こんな会話をした記憶だけ。

 でも、今日という1日を私は忘れない。


 だって、大好きな人とひとつ傘の下にいられたのだから。


「着いたよ」


「えっ、もう着いちゃったの……」


「ん? 日本語間違ってない?」


「あっ、ち、違くて……送ってくれてありがとう」


「うん。どういたしまして」


 なぜこの幼なじみは、こんなにかっこいいんだろう。


「じゃあ俺、帰るから」


「うん! また明日ね!」


 素っ気ない態度に素っ気ない返事。

 でも、気づくと目で追っている。


「ぅぅぅぅぅぅぅ、緊張したぁぁぁぁ……!」


 扉を開け中に入ると、そわそわして落ち着かない様子のママがいた。


「あゆ!? 大丈夫だった!?」


「当然でしょ! この通りピンピンです!」


 両手を腰に当て元気アピール!

 なーんちゃって。


「ごめんね、傘持たせ忘れちゃって」


「ううん、大丈夫だよ。

 ママのおかげで、最高の1日になったから」


「何を言ってるのかよく分からないけど、すぐシャワー浴びてきなさい」


「はーい」


 私の初恋は、まだ続いている。


 いつかはなれるかな。

 幼なじみ以上の関係に。

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