第11話 体育祭(3)

 ついにやってきた体育祭本番。

 俺の出番は、次の次だ。


「一応、勝ち狙ってくる」


「おいおい、そんな夢無いこと言うなよな。

 どうせなら勝ってこいよ」


「へいへい」


 有難いことに天気は曇り。

 今日1日、暑さに負けることは無さそうだ。


「次の競技に出場する選手は準備してください」


 聞きたくないはずなのに、自然とアナウンスが大きく聞こえる。


「俺の中の俺はやる気満々ってか」


 ゆっくり待機所に向かうと、俺以外の生徒は整列を終えていた。


「君、急いで」


「あっ、すみません」


 先生に急かされ、俺は渋々グラウンドを走る。


「あっ、柚! 遅いよ!」


「ごめんごめん。道混んでてさ」


「それ、車移動でしか聞いたことないよ……」


 やはり、昨日は俺の勘違いだったらしい。

 どっからどう見ても、あゆはいつも通りだ。


「ねぇ、入場する時もバンド付けてかない?」


 突然あゆが言った。


「えっ、なんで?」


「なんか変に緊張しちゃってさ、本番上手く走れない気がして……えへへ」


 実にあゆらしくない提案だったが、自分のアップも兼ねて俺は了承した。


「最後の競技は、クラス合同の二人三脚です。選手入場」


 最悪のアナウンスだ。

 頼むからやらかすなよ、俺。


「よーし、絶対勝つよ!」


「ベストは尽くすよ」


「うん!」


 曲に合わせて駆け足をし、選手入場を終えた。


「柚うううううう! 絶対勝てよおおおおおおお!」


 第1走者は俺たち1年生。


「あいつうるさいな」


「いいじゃん! 柚のために全力で応援してくれてるんだよ!」


 はなから集中などしていないが、負けるのは嫌だ。


「それじゃあ準備してね」


「「「はい」」」


 返事をし、俺たちは白線に並んだ。

 ゴールテープまでは30m、ミスなく走れればワンチャン優勝出来る……かも。


「みなさーん! 応援の力で、自分のチームを勝たせましょうねー!」


「「「おおおおおおおお!」」」


 凄い応援だ。


 ちなみに、俺のクラスのポイントは今60ちょうど。


 1位の6組に勝つには、優勝の4ポイントが必須である。


「柚うううううう! 頼むううううう!」


 ヒロの声って、なんでこんなに聞こえるんだろ。


「あっ、そうそう。一応俺、優勝狙ってるから」


 俺がらしくない言葉を言ったその時、1人の女子生徒が俺の名前を呼んだ。


「柚くん! 頑張ってー!」


 この可愛らしい声は、つい先日出会ったばかりの夏芽ちゃんだ。


「あ、あの子って……」


 あれ? 急にあゆの様子がおかしく……。


「位置について、よーい」


 えっ、嘘でしょ……?

 ちょっ待……。


「ドン!」


 スタートの合図が鳴り、生徒がゴールテープ目掛け駆けていく。


「ねぇ、柚?」


「えっ、なに、出発しないの?」


「あっ、そうだね」


 俺たちは完全に出遅れた。


 そりゃそうだ。

 スタートすらしていないのだから。


「それでさ、あの、その……」


「なに、全然分かんないんだけど」


「だからね、その……」


 あーこりゃ、1位は無理だな。

 ごめんよ、ヒロ。


「あーもういいや!

 柚はあの子と付き合ってるの!?」


「……はっ? 急に何の話?」


「だってだって、この前告白されてたじゃん!」


 どうしてあゆがその事を知ってるんだ?


 じゃなくて、なんで今?


「それ、今じゃなきゃダメ?」


「うん! 気になって集中出来ないもん!」


 待てよ。これ、1位あるぞ?


「はぁ、全然付き合ってないよ。

 だって俺、他に好きな人いるし」


「えっ、誰……?」


「えー、勝ったら教えてあげる」


「分かった。絶対勝つ」


 その時、身体の危険センサーが俺に言った。


「足を全力で回さないとどこか壊れます」


 だってさ。


「おりゃあああああ!」


「おりゃあああああ!」


 あゆに負けじと、俺は全力で足を回した。

 まだ死にたくはないからね。


 するとその結果……。


「優勝は1組2組ペアーーーー!!!」


「「「うおおおおおおおお!」」」


 なんか凄いことになった。


「柚、やったね!」


「あっ、うん」


 実感がわかない。

 俺は今本当に、優勝したんだろうか。


「勝利のハイタッチ!」


「いえーい」


 ジャンプした拍子に、足のバンドが外れた。

 どうやらギリギリだったみたいだ。


 とそこへ、うるさい足音が1つ。


「柚うううううう!」


「うわっ、なんかキモいやつ来た」


 死角から抱きつこうとしてきたヒロをかわした俺は、頭を軽く叩いてやった。


「痛てっ、酷いぞ柚! せっかく優勝の立役者を褒めたたえてやろうとしたのに!」


「やだよ。目立ちたくないし」


 これは心からの本音だ。


「ふっふーん、残念ながらそれは無理みたいだぞ」


「えっ?」


「だってもう、1組のヒーローじゃん」


 気づけば、1組の生徒全員が俺を囲っている。


「じゃあみんな、一斉に行くぞー!」


「「「うんっ!」」」


「えっ、何されるの……」


 嫌な予感がする。

 それも今世紀最大の?


「そんなの決まってんだろ……胴上げだー!」


「「「わっーしょい! わっーしょい!」」」


 なぜだろう。

 目立ちたくなかったはずなのに、俺は今確かに高揚感を覚えている。


「な、長くない……?」


「まだまだ行くぞー!」


「「「うおおおおおお」」」


 あー、真剣にやってよかった。

 そんな風に思える日が来るなんて。


「あゆちゃんおめでとう!」


「ありがとう! それより聞いて!」


「ん? どうしたの?」


「柚、誰とも付き合ってないんだって!」


「へ、へぇ、よかったねぇ」

(体育祭は二の次なんかい。

 まぁ、幸せそうだしおっけーか)


 俺は体育祭が嫌いだ。

 目立ちたくない俺がヒーローになれてしまう、そんな体育祭が嫌いだ。

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