第10話 体育祭(2)

 突然だが、最近気づいたことがある。


 どうも俺は、人を嫌うのが苦手らしい。

 中でも、特に分からないのが嫌うの定義だ。


 まず、嫌うと悲しませるは完全に別物。

 相手を嫌ったからと言って、悲しませていい理由にはならないから。


  ここまでは分かる。


 じゃあ、どうやって嫌えばいいんだろう。


 そもそも、俺とあゆは友達であり幼なじみ。

 変に距離を置けば、相手を悲しませてしまうかもしれない、親に迷惑がかかるかもしれない。

 そう思うと、大胆な行動に移せないのだ。


「……ず……柚……柚?」


「あっ、ごめん。ぼーっとしてた」


 やべっ、集中しないと。

 今考えることでもないよな。


「えっ、熱中症!? 一旦休憩する!?」


「いや、大丈夫。とりあえず、もう1本走りたいかも」


 昼休み、多くの生徒がグラウンドに出て、各自練習に励む時間。

 それがこの学校の普通らしい。


「おっ、やる気だねぇ! おっけー!

 じゃあ行っくよー! せーの!」


 俺とあゆは肩を組み、声を掛けながら30mの距離を駆け抜ける。


「ふぅ、今のよかったんじゃない!」


「はぁ、はぁ、うん……休憩」


「あっ、そうだね!」


 マジックテープバンドを取ることなく、俺とあゆは木陰に入った。


「はぁ、はぁ、これ、取らないの?」


「うん! 取るの面倒臭いし!」


 へぇ、これ付けるの面倒臭いんだ。

 結構簡単そうなのに。


「と、とりあえず座っていい?」


「うん、いいよ」


 久しぶりの激しい運動のせいか、心臓の鼓動がうるさい。


「あゆはいいなぁ、運動神経よくて」


「へぇー、そんな私についてこれてる癖によく言うね」


「だって、合わせてくれてるんだろ?」


「そんなことないよ」


 あゆは本当に人を乗せるのが上手い。


「おやおやおふたりさん、休憩中ですかな?」


 このムカつく声、ヒロだな。


「ヒロくんやっほー」


「やっほー」


 うわー、体操服似合ってんなー。


「ヒロも休憩?」


「まぁねー。

 うわっ、ここ涼しっ!」


 しかし、ヒロが来たせいで、この木陰はすっかり注目の的になってしまった。


「ヒロくーん!」


「こっち見てー!」


 これが俗に言う黄色い声援というやつか。


「ん? なに?」


「「「キャーーーー!!!」」」


 シンプルに凄い。


「あれ見ろよ! あそこにいるのあゆはちゃんじゃね?」


「えっ嘘、どごどこ!?」


 そういえば、あゆも学校の人気者なんだっけ。


「うおっ、いたわ! で、あの真ん中にいるやつ誰?」


「えっ、お前知らねぇの? 誰だあいつ」


「知らんねぇんかい」


 はいはい分かってるよ。

 邪魔者はトイレでも行ってきますよーだ。


「ちょっと失礼」


 俺は手早くバンドを外し、その場に立ち上がる。


「えっ、どこ行くの?」


「トイレだよ」


 俺は1人、体育館のトイレへと向かった。

 その道中、


「あ、あの……柚くんだよね!?」


「はい。俺は紛れもなく柚ですが、何か?」


 俺の道を塞ぐかのように立つ黒髪ボブの可愛らしい女子生徒。


「じ、実は私、柚くんの事が好きなんです!」


「えっ……」


 なぜ今日なのかは分からない。

 ただ俺は今この瞬間、人生で初めて告白というものをされた。


「い、いきなりこんなこと言っても、困らせるだけだって分かってます。

 ただの一目惚れですし……。

 な、なので、良ければLIMEとか、交換してくれませんか……!?」


 自然な上目遣いが俺を襲う。

 こ、断れない……。


「それくらいなら全然いいよ。

 はい、QRでいいよね?」


「あ、ありがとうございます!」


 ゆっくーり近づいてきた彼女は、あたふたしながら俺のLIMEを追加した。


 端末に表示される夏芽なつめの文字。

 へぇ、4組の子なんだ。


「で、では、失礼します……!」


 それだけ言うと、彼女は凄まじい勢いで俺の視界から消えていった。


「嵐みたいな子だったな……目がないタイプの」


 結局トイレには行かず、体育館前に置かれているザラ板に寝転がる俺。


 だっていきなり考える事が増えたんだから。

 これは仕方の無い措置だ。


「夏芽ちゃん……か」


「あーあー、こんな所でサボっちゃって」


「またヒロか」


 こいつの嗅覚が凄まじいのか、本当の本当に理解者なのか。

 とにかく俺を見つけるのが上手い。


 かくれんぼなんてしたら一瞬だろうな。


「あゆちゃんが待ってるぞ」


「ごめんごめん。すぐ行くからさ、起こしてくれる?」


「はぁ、お前ってやつは」


 ヒロが差し出してくれた右手を掴み、俺はその場に立ち上がる。


「ありがと」


「いいから早く行くぞ」


「うん」


 俺は再び、日の下を歩く。


「あゆお待たせ」


「う、うん。おかえり……」


 あれ? 今、あゆの様子が変だったような……。


「じゃあ、練習しよっか!」


「うん」


 いや、気のせいか。


「バンド付けるよ」


「うん」


 それから10分間、小休憩を挟みながら、俺とあゆはひたすら走り続けた。


 そして当然、次の授業から最高の睡眠学習が出来たのは言うまでもない。


 俺は人生が嫌いだ。

 特に行動しなくても要素を加えてくる、そんな人生が嫌いだ。

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