第9話 体育祭(1)

 5月。

 この月には、高校生が待ち望んでいる一大イベントが存在する。


 そう、体育祭だ。


「リレーがいい人ー? 4人だけ?

 じゃあ、里崎くん、鈴木くん、佐藤くん、松永くんの4人で決定ね」


 ちなみに、この里崎くんというのは、ヒロのことである。

 本名が里崎大翔だから、俺はヒロと呼んでいる。


「よっしゃあ!

 この最強メンバーで絶対勝つぞー!」


「「「おおおおお!」」」


 流石は運動部、凄い熱気だ。

 対する俺は、ただひたすらその時を待っている。


「まだかなー」


 俺が待っている競技、それは他クラスと合同で行うパン食い競走だ。


 パン食い競走は、6クラスある1年生の中で、俺のいる1組と2組、3組と4組、5組と6組がペアとなり、スコア変動なく行われる唯一の競技。


 つまり、戦犯という概念が存在しないのだ。


 俺は一目見た瞬間、「これだ!」と思った。


「じゃあ次、パン食い競……」


「はい」


 言い終わる前に立ち上がる俺。

 これなら、誰も言い出せないはず……。


「お、俺もやりたいっす」


 き、君は柔道部の森田くん!?


「これは1人だけだから、2人でジャンケンね。

 じゃあ行くわよ。最初はグー……」


 た、頼むよ神様。

 俺を勝たせてくれ……!


「ジャンケンポン!」


 俺が繰り出した渾身のハサミは、森田くんの石に粉砕された。


「や、やったっす!」


 二度と神になど頼むものか!

 いや、やっぱりいざとなったらお願いします。


「あっ、柚くん。

 残ってるのが二人三脚だけだから、二人三脚でいいかな?」


「……もう、なんでもいいです」


 ふとヒロに目を向けると、横を向いてニヤニヤと笑っている。

 あの野郎……。


「はい、決まりね!」


 うちのクラスをまとめる室長は、彦根若菜さん。

 見るからに真面目そうだし、しっかり者そうだし、反対票など入る訳が無かった。


 実際、頼りになるリーダーって感じだ。


「じゃあ、走順とか作戦とかは各自で決めて記入するってことで……解散!」


「「「はーい」」」


 でも、俺みたいなやつに対する気遣いはしてくれないんだな……はぁ。

 なんて思っていたら、


「柚くん、二人三脚で本当に大丈夫だった?

 あっ、別にダメとかじゃないんだけど、もしかしたら空気に流されて決めちゃったかなって思ってさ」


 放課に入ってすぐ、神対応を受けた。


「正直、走るのは好きじゃないです」


「うん、ごめんけどそんな気がする」


 優しいのは伝わる。

 でも、ちょっぴり悲しい。


「俺のパン食い競走……」


「あれ? パン食い競走も走るよね?」


 ギクッ。


「えーっと確か、二人三脚はペア表彰があって、パン食い競走は特になしだったっけ」


「へ、へぇ、そうなんだー……」


「なんか怪しいわね? まぁ、頑張れー」


「し、室長ぉぉぉぉ」


 こうして俺の、二人三脚出場が決定した。

 あっ、決定してしまった。


「これから俺は、何のために学校生活を送ればいいんだ……」


 気づいた頃には2、3、4限目が終わっており、昼休みに入っていた。

 重たい足を必死にあげ、俺は屋上に向かう。


「や、やっと着いた……」


 ドアを開けると、見慣れた顔が1人……2人!?


「おっ、待ってたぜ」


 大きなビーチパラソルを設置しているヒロ……と隣に1人の女子生徒。


「遅いぞ少年!」


 何かに影響を受けたであろう話し方。

 間違いない、あゆだ。


「何でまたあゆが屋上に?」


「今日は種目を聞きに来たんだぞ少年!」


 両手を腰に当てるその感じ、昨日やっていたピンクヘキサゴンの主人公だな。


「まぁまぁおふたりさん、とりあえず座りましょうや」


「うむ。有難く座らせてもらうぞ少年!」


「はいはい、ちょっと黙っててねー。

 それよりヒロ、これどうしたの?」


 そう。

 ヒロが準備してくれたのは、ビーチパラソルだけではないのだ。


「あー、このピクニックテーブル?

 倉庫にあったやつもらってきた。

 もちろん、校長に許可は得てる」


「最高すぎ」


 6人がけの大きなピクニックテーブルは、快適以外の何物でもない。


「はぁ、いつでも寝れそうだよ……」


「喜んでもらえて何よりだ」


 反対側にあゆが座ったため、ヒロは俺の隣に座った。


「それで、体育祭の種目だっけ?

 ちなみに、天乃川さんは何にしたの?」


 あゆのことだ。

 おそらく、女子の選抜リレーとかその辺だろう。


「うむ。私は、『何でもやるよ!』と宣言してしまったばかりに、二人三脚になってしまったんだぞ少年!」


 ん? 今二人三脚って言った?


「へぇ、二人三脚ねぇ……おめでとさん」


「えっ? それってどういう……」


 キャラを忘れ、素で尋ねるあゆ。


「あら偶然、柚も二人三脚だよな?」


「うん」


「ええっ!?」


 あれ、待てよ?

 今の言い方、こいつやったか?


「ねぇ、ヒロ」


「ん? どしたどした?」


「やったね、君」


「はて、なんの事やら」


 この反応、確定か。


「でもまさか、柚くんが最初にチョキを出すなんて僕全然知らなかったよー」


 ほーら、しっかり根回しされてるじゃん。

 森田てめぇ、勝つの知っててグー出しやがったな!


「ゆ、柚と同じ……!? あーもう、さっきはバカって言ってごめんね私。ないす!」


 にしてもあゆ、嬉しそうだな。

 まぁ、知らない人とやる可能性があったから、相手が俺で安心したんだろう。


 かくいう俺もその1人な訳で。


「あっ、そうそう。

 あゆちゃんも災難だったねー」


「えっ? 何がです?」


 あれ? こいつまさか……。


「だってさ、最後に残ったのが二人三脚だったってことでしょ? 俺だったら絶対やりたくないもーん」


 あーらら、隣のクラスまで根回ししてらー。


「い、いや? まぁ私は別に、二人三脚でもよかったなーなんて」


 どうやら、俺とあゆはまんまとヒロに嵌められたらしい。


「あっ、そうなんだ! まぁとにかく、2人とも、練習ファイトー!」


「おー! じゃ、じゃあ柚、一緒に練習頑張ろうね……!」


「う、うん。頑張ろうね」


 さて、これからどうなることやら。


 俺はあゆが嫌いだ。

 ペアと言うだけで安心させてくれる、そんなあゆが嫌いだ。

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