第8話 昼休みの屋上

「なぁ、柚」


「んー? なーにー」


 屋上で寝転がる俺とヒロ。

 そしてこういう時、ふと思う。


 本当に春は、素晴らしい季節だと。


「この前話してた子いるじゃん?」


「あー、多分聞いてたと思う」


「多分ってお前……まぁ、いつも通りか」


 ヒロはよく恋愛に関する話をしてくる。

 はっきり言ってあまり興味は無い。


 だが、貴重な友達を失わないため、俺は渋々話を聞いている。


「それでな、あの子についてなんだけどさ……」


 今日もまた、ヒロの恋愛話が始まった。


「うんうん」


 初めは何となく相槌を打つが、ある程度経つと俺は決まって眠りにつく。

 だって長い放課は、眠るためにあるんだから。


 それに、ヒロは俺が途中で寝ても絶対に怒ったりしない。

 この男は多分、この世で1番の理解者だ。


「……って訳なんだよ」


「へぇ、それは辛いね」


 ただ、今日は不思議と眠ることが出来なかった。

 一応思い当たる節はある。


 例の写真だ。


「うえっ、起きてるじゃん!?

 珍しいこともあるもんだなぁ」


 おいおい、起きてるだけで驚かれる俺って何者なんだよ。


 なーんてツッコミをする気が起きるはずもなく、俺は力なく寝転がっている。


「仕方ないなー。珍しく起きてるそこの君に、俺様が1つアドバイスをしてやろう」


「えっ、別にいらない」


 これは流石にマジトーン過ぎたと、俺は言ってから反省した。


「いーや、これは覚えておいた方が絶対にいい!」


 いや、折れないんかい。

 なーんてツッコミをする気が起きるはずもなく……以下略。


「俺からのアドバイス、それはずばり……!」


 これはもう聞くしかないな。


「ずばり?」


「女の子の前では笑顔でいるべし!」


「へぇ」


 案外、普通な回答で安心した。


「それは何で?」


「そりゃあ、人の笑顔が1番の武器だからに決まってんじゃん」


「ぶ、武器……?」


 こいつ、なんか深いこと言うかも。

 俺は少し期待した。


「そう、武器。だって想像してみろよ?

 好きな人が笑顔だったら、それだけで少しだけ、幸せになれるだろ?」


「あー、そう言う意味ね」


 やはり、普通な答えで安心した。


「あっ、そうそう。話は変わるけど、柚は好きな人っていないのか?」


 うわー出たよ。

 中学の修学旅行でもあったなー……絶対に思い出さないけど。


「いないよ。いた事はあるけど」


「へぇ、やっぱいないんだ。おもんねぇやつ」


「別にいいよ、面白くなくても」


 それは自分でも思う。


 人生における面白みって、一体何なんだろう。

 俺の人生はきっと、この答えを見つけることで初めて動き始めるんだと思う。


「いや、待てよ。なんか今、ふと思ったんだけどさ……」


「ん?」


 何か嫌な予感がする。


「柚、隣のクラスの天乃川さんってどうなの?

 なんか仲良いみたいだし、いっそ付き合っちゃえばいいのに」


 ほらね。


「いやいや、俺なんか釣り合わないって。

 そこんとこ、ヒロなら分かるでしょ?」


「いーや、俺にはお似合いに見えちゃうけどなぁ。あっ、でもそっか。

 もうすでに相手いたりして」


長くなりそうだし、面倒臭いし、早く話終わらせよ。


「いるんじゃない?」


 そう思った次の瞬間。


「相手いないよ、私」


「おやおや、屋上に人が来るなんて珍しいな……ってご本人登場!?」


 寝返りをうったヒロは、驚きを隠せないといった様子。

 噂をすればの体現だな……これ。


「あゆも眠りに来たの?」


「ま、まぁ、そんなところかな……えへへ」


(絶対嘘じゃん!

 これ、会いに来ちゃってんじゃん!)


 ヒロは何か言いたげな様子だったが、必死に口を押さえている。


「ふーん、あゆって独り身なんだー」


、だけどね」


「はっ? 俺独り身じゃないし」


「えっ……?」


「まぁ、嘘だけど」


「なっ……もう、びっくりしたじゃん……」


(えっ、えっ、これで付き合ってないってマジ!? おかしくない!? ねぇ、おかしくない!? 言いたい! すぐに言いたい!)


 とその時、放課の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「あっ、もう時間じゃん!」


「あっ、結局寝れなかった……」


「あっ、助かった……」


 これは次の授業、睡眠学習確定だな。


「じゃ、じゃあ、俺先行くから!」


「お、おう」


 そう言うと、ヒロは颯爽と階段を駆け下りていった。


「で結局、あゆは何しに来たの?」


「えっ、わ、私は……確認しに来ただけだよ」


「確認? なんの?」


 曖昧な記憶だが、室長の仕事の中に、屋上にいる生徒を見に来るという内容のものは無かったはず……。


「そ、それは……浮気調査だよ! じゃあね!」


「はっ? えっ?」


 意味の分からない言葉を残し、あゆもまた階段を駆け下りていった。


「浮気調査……? 意味わかんねぇ……」


 ヒロといい、あゆといい、なぜこうも急いで階段を駆け下りていくのか。


「あっ、授業だからか。やっべ」


 俺はあゆが嫌いだ。

 いつも顔を見せにきてくれる、そんなあゆが嫌いだ。

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