第7話 お花見

「さぁ、飲むわよー!」


「おおー!」


 お互いの母親が、紙コップを片手に立ち上がる。


「ちょっと、お酒飲んでるわけでもないんだし落ち着いてよ」


「ママ! 恥ずかしいってば!」


 今日は、毎年恒例のお花見の日。


「久徳さん、最近どうです?」


「おかげさまで毎日楽しいですよ」


 父親同士は、缶ビールを片手に趣味のゴルフトーク。


「ついにこの日が来ちゃったか……って、感じだね」


「うん」


 近所の公園に咲く美しい桜。

 ここには毎年、近隣住民がお花見をしに集まってくる。


「そういえば、あゆの好きなやつ持ってきたよ」


「えっ、どれどれ!?」


 あゆの好物、それは……。


「hokky」


「hokkyじゃん!」


 hokkyとは、棒状に加工されたホッキ貝にチョコをコーティングした人気菓子である。


「いっただきまーす!

 あーむ……うーん、うんまぁ!」


「喜んでくれてよかったよ」


 個人的には、あまり美味しくないと思う。

 ただ、あゆが食べている姿を見ると自然とお腹がすいてくるのだ。


「お腹すいた」


「おっ、それなら……」


 ランチバッグを漁るあゆ。


「じゃじゃーん!

 今年は私が作りましたー!」


「わーお、美味しそうね!」


 ようやく座ったかと思えば、あゆの手料理に手を伸ばす母さん。

 見慣れた光景とはいえ、毎年毎年本当に恥ずかしい。


「うーん、美味しいわぁ!」


 俺は間違いなく父親似だ。

 こればかりは自信がある。


「お母さん、少しは見え方ってものをさぁ……」


「なーにつまんないこと言ってんの!

 今日はとことん楽しむ日よ!」


 まぁ、これが俺の母さんと言えばそれまでなんだけど。


「あゆ、俺も食べていい?」


「もっちろん!」


 手拭きで手を拭き、俺は可愛らしいパンダに手を伸ばす。


「これ、何が入ってるの?」


「お・た・の・し・み、だよ」


 ハズレはないと思うが、この嫌な予感はなんだろう……。


「いただきます」


「どうぞ!」


 小さく1口食べてみる。

 しかし、小さすぎたせいで中の具が見えない。


「ちょっと柚、なんか疑ってる?」


「いーや、そんなことないけど」


「いーや、嘘だね」


 流石に警戒し過ぎたようだ。

 まぁ、バレてしまった以上は普通に食べるしかないな。


「あーむ」


 俺は口を大きく開け、おにぎりを頬張る。


「ん? んぐっ……!?」


 すると、何やら甘い味が口いっぱいに広がった。


 思わず変な顔をする俺を見て、あゆは笑っている。


「あえああ(はめたな)?」


「それ、hokkyだよ! あー笑った笑った」


 正直全く美味しくない。

 でも、笑うあゆが見れたし、損では無いな。


「あー、美味しくはなかった」


「ちょっとふざけちゃった、てへっ」


「てへっ、じゃねぇし」


 優しく頭を叩くと、あゆは笑いながら痛がるフリをした。


「あーれー、私たちお邪魔でしたー?」


「移動した方がいいかしらー?」


 俺とあゆは咄嗟に距離を取り、それぞれ母を睨んだ。


「「そんな事ないですから!」」


 ほんと、この母親共は……。


「あゆちゃん、お弁当まだあったでしょ?

 全部広げてくれる?」


「はーい」


 それから俺は、普通に花見を楽しんだ。

 時折吹く涼しい風、ヒラヒラと落ちる花びら、なんて幸せな1日なんだろう。


「ね、ねぇ、柚?」


「ん?」


 急に名前を呼ばれ振り返ると、そこには虚ろな目で俺を見るあゆの姿があった。


「分かる。俺もめっちゃ眠い……ふわぁ」


 俺はあぐらをかくのを止め、バッグから畳まれたタオルを取り出す。


「寝るならどうぞ」


 

 これは俺お手製の簡易枕だ。


「うん……あり、が……とう……」


 きっと、朝早く起きてお弁当を作ってくれたのだろう。


「お疲れ様」


 移動を始めたあゆは、ゆっくりゆっくり枕へと向かう……勝手にそう思っていた。


「なっ……!?」


「ここがいい」


 しかし、あゆが来たのは俺の横で、なぜか俺の肩で眠っている。


「おい、動けないじゃん」


「……むにゃむにゃ……」


「って、寝てるし」


 ちょうど日陰で、木という背もたれがある特等席。


 確かに、俺も寝るならここかもしれない。


「ちょっとだけだからな……ふわぁ。

 なんか俺も、眠くなっ……て……き……た……」


 そして俺も、あまりの気持ちよさに深い眠りに落ちてしまった。


「あらあら、ほんっと仲良しねぇ」


「えぇ、本当に」


 それから少しして、買い出しに行っていた母親たちが戻ってきた。


「いつからこうなの?」


 母さんは父さんに聞く。


「買い出しに出ていったすぐ後くらいからかな」


「へぇ、とりあえず写真撮っとこ」


「あっ、私も私も」


 2人は、眠る俺とあゆの写真を撮った。


「うふふ。この写真、起きた柚に見せたらなんて言うでしょうね」


「あっ、それいいかも! 私もあゆちゃんに見せちゃおっと」


 なぜこの時気づけなかったのだろう。

 無防備に眠ったら、好き勝手されることは明白だったのに。


 あれから、どれくらい経っただろうか。

 激しく肩を揺すられ、俺は目を覚ました。


「んっ、あれ……? 寝ちゃってたのか」


 ふと横に目を向けると、そこには顔を赤らめるあゆがいた。


「ん? どうかした?」


「あ、あれ……」


「あれ……?」


 顔を覆うあゆが指さす方を見ると、1台のスマホが視界に映る。


「おはよう、柚くん」


 ニコッと笑う母さんのスマホには、互いに寄りかかり眠る俺とあゆの姿が映っていた。


「ねぇ、母さん」


「ん? なぁに?」


「それ、今すぐ消してくれるよね?」


「うふふ、絶対に消さないわよ」


「「ははははは」」


 その直後、スマホ片手に逃げる母を俺は全力で追いかけるのだった。


俺は自分が嫌いだ。

逃げる母すら捕まえられない、そんな自分が嫌いだ。

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