第6話 お弁当

「柚、大丈夫?」


 保健室のベットで目を覚ました俺の視界には今、天使が映っている。


「あれ? 俺、死んだのか……?」


「ならなんで喋れてるの?

 もう、しっかりしてよ」


「あっ、確かに。矛盾してたわ」


  ゆっくり身体を起こすと、ふわっといい香りが目の前を通過した。


「……シトラス……」


「そう! なんで分かったの!?」


「まぁ、お腹すいてるからかな」


「へ、へぇ」


 あゆの冷たい視線が俺を襲う。

 でも、流石に言えないじゃん。


 俺と同じ柑橘類だから、とか。

 ちょっと恥ずいし。


「……ところで、授業はいいの?」


 これは感覚でしかないが、俺は30分以上寝ていた気がする。

 つまり、今この場にあゆがいるのはまずいのでは無いだろうか。


 あゆは俺と違って、優秀な生徒なのに。


「二限は確か数学だったよね?」


「ふっふっふ、私は室長だよ?」


「それが?」


 何となく、俺は察していた。

 あゆならきっと……


「だから大丈夫ぶい!

 しかももう、今日の範囲予習済みなんで」


 こう言うだろうって。


 ただ、こればかりはキメ顔されても文句が言えない。


「完璧超人ってか」


「その通りなのだよ」


 俺はその域に達したことがないから。


 とその時、俺のお腹がなった。

 俺の身体は、欲に素直なのだ。


「あっ、予想通り! わははははー!

 私は腹ぺこくんのために、お弁当を持ってきたのだよ!」


「あっ、どうも」


「反応薄っ!?」


 この時の俺は、喜びより恐怖の方が勝っていた。

 だって、普通に怖くない?


「……ほらっ、ちゃんと持ってきたのだよ!」


 あゆの膝上に広げられたお弁当。

 中でも、光り輝く黄金の玉子焼きが俺の目を釘付けにした。


「それでは早速、いただきまーす」


 俺は玉子焼き目掛け手を伸ばす。

 しかし、なぜか辿り着けない。


「チッチッチ、ただであげるとは言ってないのだよ」


 俺とお弁当の間には、あゆの手のひらがある。


「えっ……?」


 何かに影響されたであろう話し方はさておき、今のはどういう意味だ?


「はい、あーん」


 ……へっ?


「あれ? 食べないの?」


 いえ、食べれないんです。

 主にあなたのせいで。


「なら、私が食べちゃおっかなー」 


 箸に挟まれた玉子焼きは俺に言う。


「はぁ、俺は幸せ者だぜ。こんなべっぴんさんに食べてもらえるなんてよぉ」


 突然のあーんに動揺しすぎた結果、幻覚を見てしまっているのだろう。


「お前さんも、早くこっちに来いよ。

 あーんくらい、誰でもやるぜ」


「えっ、そうなの?」


「ああ、もちろんさ。あーんなんて、友達同士なら常識だぜ」


「へぇ」


 この時、俺は覚悟を決めた。

 美味しい玉子焼きを食べるために。


「あーん」


 勢いよくかぶりついた俺は、じっくり玉子焼きを味わう。


「美味しぃ」


 不思議とそれは、いつも以上に美味しく感じた。

 ただ、少しあゆの様子がおかしいのが気になるけど。


「ほ、ほんとにしちゃったよ……!

 私のバカバカ!」


 顔を背けているが、見えている耳は真っ赤である。

 どうやら、完全にバグってしまったらしい。


「おーい、大丈夫かー」


「う、うん……!? 大丈夫、無問題!」


 なぜか、お弁当を枕の上に置くあゆ。


「へへへ」


 とりあえず、大丈夫じゃないことだけは理解した。


「あっ、もう終わりでいいの?」


「えっ、ちょっと待って!?」


「えー……お腹すいてるのに」


「わ、分かったよ! はい、あーん……」


 先程よりあゆ側に寄っている玉子焼きに、俺は迷わずかぶりつく。


「うまうま」


 しかし当然、無理をすればその反動がやってくる。


「あっ、重力忘れてた」


 結果、俺は勢いそのまま、あゆの膝に着地した。


「ええっ……!?」


 なぜだろう。

 ベッドよりも安心して眠れそうな気がする。


「おやすみ」


「む、無理無理無理無理無理無理無理!!!」


 直後、俺はベッドに弾き返された。


「よっと」


 その際空高く飛び上がったお弁当は俺が華麗にキャッチしておいた。

 こういう時は動けるんだけどね……はぁ。


 それにしても落ち着きがないな。


「わわわ私、教室戻るね……!

 ゆゆゆ柚元気そうだし……!」


あっ、授業出たくなったのか。

そうならそう言ってくれればいいのに。


「分かった。あっ、お弁当は?」


「あああ後で返してくれればいいから!

 またね!!!!」


 そう言うと、あゆは凄まじい勢いで部屋を出ていった。


「台風みたいだったな……目が無いタイプの」


 そんなことを呟きながら、俺は玉子焼きを口に運ぶ。


「ほんと、最高に美味しいわ」


 俺はあゆが嫌いだ。

 どこを取っても完璧な、そんなあゆが嫌いだ。

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