第5話 体育館

「だりぃ……」


 今日は1時間目から体育という地獄の日。


「お前ってやつは、いつもそればっかだな」


「へへ、どうも」


「褒めてねぇし」


  体育館の隅に座る俺と、なぜかその隣に位置取る学年1の人気者

  名前をヒロという。


「それより君ねぇ、ほんとは運動神経いいくせに隠しちゃってさぁ。あっ、さてはギャップ萌え狙いだな?」


  こいつと出会ったのは中学の頃。


「教室でもいいけど、階段って渋くて気持ちよさそう」


 授業をサボろうと思った俺が、眠れるくらい綺麗な階段を探していた時、


「えっ、人? まさか死んでる……?」


 たまたま下の階で寝ていたヒロを見たのが、ヒロとの出会いだった。


「おーい、勝手に人を殺すなー」


「あっ、生きてる。ってか、そこ綺麗なの?」


「ああ、俺が磨いてるからな」


「じゃあ遠慮なく」


 多分、こんな形で友達になったのは、世界中どこを探しても俺とヒロしかいないと思う。


 あっ、そろそろ話を戻さないと。


「ギャップ萌え?

  そんなどうでもいいこと、俺が狙うと思う?」


「うーん……無いな」


  少し悩んだ後、ヒロは答えを出した。


「正解」


  今日の体育は先生が急用で休みのため、自由が与えられている。


  だからこの体育館では今、バスケをする者、ドッジボールをする者、バドミントンをする者など、多種多様である。

  まぁ、とにかく自由な日というわけだ。


「じゃあ俺、バスケしてくるから」


「行ってら」


「バイビー」


  ヒロは太陽のような赤髪を揺らしながら、バスケ部の輪に突っ込んでいく。

  俺には到底真似出来ない行動だ。


「ほんとすごいな……ヒロは」


  そんなことを思いながら、俺はひんやりと冷たい床に寝転ぶ。

  これでこそ俺だ。


「ふわぁ……おやすみ……」


 おそらく、俺が起きるのは40分後になるだろう。

 おやすみなさい。


「あっ、いた」


「えっ、どこどこ!?」


  隅っこで眠る俺を見つけたあゆが一言。


「うわっ、また寝てるし」


  そんなあゆを見て、友達が一言。


「まーた柚くん見てるし。

 ねぇねぇ、あゆってさ、柚くんのこと好きでしょ?」


 彼女はミサキ。

 何でも、あゆと同じ班になったことが、仲良くなるきっかけだったんだとか。


「うん。好きだよ」


  照れる展開を期待し、ニヤニヤしているミサキを他所に、あゆは笑顔で答えた。


「えっ、否定しないんだ……」


「だって、好きなんだもん……昔からずっと」


(あ、あのあゆが……乙女の顔をしてるだと!?)


  何かを察したミサキは手を合わせて言う。


「学校のマドンナが片思い中か……男子は辛いね。心中お察しします」


 ということらしい。


「ねぇ、少し見ていかない?」


 2人が今いるのは、ギャラリーと呼ばれる通路。

 そこからは、体育館全体を見渡すことが出来る。


「それ、いいね! で、何を見るの?」


「もちろん……柚だよ」


 自分で言っておきながら照れるあゆ。


「くぅぅぅぅ、あの野郎幸せ者過ぎんでしょ」


  そんなあゆを見て、ミサキは俺に嫉妬する。


「ん? 何か言った?」


「いーや、なーんにも言ってないよー」


「ぷっ、変なの」


「なっ……!? あんたよりはマシだと思うよ……結構マジで」


  そんなことを話していると、何やら下が騒がしい。


「今から君を抜いてやる!」


「させるかよ、ヒロ!」


  少年漫画にありがちなやりとりを再現するヒロとAくん。


「今だ!」


「ばーか、甘ぇよ!」


「あっ、しまっ……!」


  流れの中でパスカットしたボールが向かう先。

  そこには、無防備に眠る俺がいる。


「やっべ! 柚、かわせ!」


「危ない!」


  ボールを追いかけるヒロと叫ぶあゆ。

  そもそも、なぜここまで早いボールが俺の元に向かってくるのだろうか。


「……へぐっ……」


  ボールを腹に受けた俺は、なぜか気絶した。


「「ゆ、柚ううううううう!」」


  ねぇねぇ俺、流石に弱すぎやしないか?


 俺は自分が嫌いだ。

 この程度で気絶する、そんな自分が嫌いだ。

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