第4話 両親

 必死に喋っているあゆを他所に、俺は視線をテーブルに移した。


「カレー……」


無意識に出たカレーの一言。

俺はすかさず口を塞ぐ。


「ぷっ、ぷぷっ」


 そんな俺を見て、あゆも口を塞ぐ。

しかし、隠そうとしている俺とは違い、あゆは笑うのを我慢しているのだ。


「あゆ?」


一応、ゴゴゴゴゴゴォくらいの圧はかけておいた。

そうでもしないと、恥ずかしさを隠せなかったから。


「うんうん、分かるわよ柚くん!

このカレー美味しそうだもんねー!」


 悪いがあゆよ。

君のお母さんは少し俺に似ているところがある。

だからこういう時、決まって無意識のカバーが俺を守ってくれるのだ。


「確かに、あゆが料理するなんて珍しいもんなー」


そして君のお父さんは……思ったことを何でも言っちゃうところがあるよね……あはは。


「で、でも、今回のは自信ありだよ!」


確かに。

 これは自信があるとか無いとか、そんなレベルの話では無い。


 なぜなら、今俺の目の前にあるテーブルには、鮭の入ったシチューにポテトサラダ、肉じゃがにハンバーグといった、俺の大好物がそれはそれは美味しそうに並べられているのだから。


「本当に初めてなのか?」


「うん! でもね……」


 とここで、何やら恥ずかしそうにしながら、あゆが言葉を詰まらせた。


「えっ、どうしたの?」


 俺が声をかけると、あゆは顔を真っ赤にして言う。


「柚のためにって思ったら、不思議と頑張れちゃったの」


 ニヤリと笑うあゆの両親を見て、俺は悟った。

今のは聞くべきじゃ無かった、と。


 ただ、当然と言えば当然だが、嬉しさもある。

 可愛い人にかっこいいなんて言われたら、男子は飛び跳ねるほど嬉しい。


って、今はそれどころじゃないか。


「そうなの? ありがとう」


何とかギリギリのところでポーカーフェイスに留まった俺。


「えへへ」


これにより、話は逸れる。

もしくは終わる。


そのはずだった。


「おふたりさん、ラブラブなのはいいけど、せっかくの料理が冷めちゃうわよ」


「なっ……!?」


「ちょっとお母さん! そんなんじゃないから!」


「へぇ、でも本当に冷めちゃうのはほんとだろ?」


「むー、確かに」


あゆの両親、ほんと恐ろしい……。

とそんな時、俺のお腹がなった。


「あっ……」


「柚、食べよっか」


あゆは笑いながら、俺の座る椅子を引いた。


「うん」


 それから俺とあゆは隣に座り、ご飯を食べた。

 スプーンを手に取り、シチューを1口。


「美味しい」


 箸を手に持ち、ハンバーグを1口。


「美味しい」


 続けてポテトサラダと肉じゃがを。


「美味しい」


 美味しすぎて、本当にほっぺが落ちるかと思った。

あの表現は、嘘ではなかったらしい。


「やったー!」


 素直に感想を口にすると、あゆは嬉しそうに笑った。

そして、そんなあゆはいつも以上に可愛く見える。

これはもう立派な兵器だ。


「あ、あのさぁ……」


ただ、どうしてもあゆに言わなければいけないことがある。


「ん? なに?」


「あゆも食べたら?」


自分は食事せず、じーっと俺を見つめるあゆ。


「えっ、あっ、うん!? そ、そうだね……!

いただきまーす! うーん、美味しい!」


 これでは食べづらいどころか、緊張で手が震えてしまう。

しかも、俺が1番恐れている事態になるかもしれない。


「ところで、学校の宿題についてなんだけどさ……」


だから、俺は急いで話を逸らした。

 しかし、時すでに遅し。


一足先に茶碗を空にしたあゆのお母さんが言う。


「ねぇねぇ、2人は付き合ってどのくらいなの?」


 しばしの沈黙の後、俺とあゆは同じリアクションで答える。


「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」


 俺とあゆはとにかく思いっきり首を横に振った。


「あら、てっきり付き合ってるのかと思ってたわ。ねぇ、あなた」


「そうだねぇ。僕としても、柚くんなら大歓迎なんだけど」


 本格的にいたたまれなくなった俺は、自分用に準備された分を急いで平らげ、食器を洗った。


「すみませんっ!

明日出す課題がまだ残っているので、俺はこの辺りで失礼します!

きょ、今日は本当に、ご、ご、ご、ご馳走様でした!」


 俺はそう言い残し、走って家に帰った。


 一方、あゆの家では……。


「あら、帰っちゃったわね」


「そうだねぇ、少し言い過ぎちゃったかな」


 そこにあったのは、反省するあゆの両親の姿。


「そ、そうだよ……。

あ、あんなこと柚に言っちゃ……だめ、だよ……」


((う、うちの娘が可愛すぎる!!!))


 と、照れるあゆの姿だった。


 俺はあゆの料理が嫌いだ。

 食べるだけで幸せになれる、そんなあゆの料理が嫌いだ。

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