第3話 思い出
勢いよくドアを開け、外に出た俺。
「おわっ! びっくりしたー!」
「あっ、ごめん。驚かせるつもりじゃ……」
「あっうん。分かってるから大丈夫」
焦りのせいか、開幕からやらかす所だった。
「ならよかった」
何より、怪我がなくてよかった。
それにしてもなんなんだ?
この可愛らしい生き物は。
カメラ越しに見た時は全く感じなかったが、いざ対面してみると、読めない英単語が書かれた白のTシャツにデニム、まさにおしゃれな女の子って感じの服装をしている。
適当に置いてあった緑のTシャツと、適当に置いてあった黒のズボンを履いている俺とは、天と地ほどの差だ。
「今日はお世話になります」
「えっ、あっ、うん……! 頑張るね!」
頼りになるとはこういう事を言うのだろう。
それから俺はあゆに連れられて、ウニクロに入った。
あゆが言うには、ウニクロは学生に優しい値段で、いい品質の服が買えるんだとか。
なんて素晴らしいお店なんだろう。
ウニクロに入ってから、あゆが着てみてと言った服をひたすら試着した。
「これとかどう? 超似合ってるじゃん!」
俺の服のサイズについては、母さんのLIMEに書いてあったらしい。
母さん、本当に色々とありがとう。
「えー、これ着るの?」
「あーれー? 今日は私が先生じゃ無かったっけ?」
あゆの持ってくる服はいちいちおしゃれで、着るのも躊躇われた。
が、楽しそうに服を選ぶあゆを見ていたら、体が勝手に服を着ていた。
「ふっふーん!」
「ありがとう」
結局、あゆが出してくれた色々な組み合わせの中で、最もシンプルな白のTシャツと黒のストレートパンツという組み合わせを選んだ。
選んだ理由は、これなら俺でも着れると思ったから。
ただそれだけ。
いや、今のは嘘だ。
「うんうん、柚似合ってるよ!」
本当は、嬉しそうに親指を立てるあゆが、あまりに可愛かったからなのに。
結局俺は、自分で決めることの出来ない優柔不断男なのだ。
しかも今日1日、俺はこんなことを考えていた。
今の自分に合わせたサイズを買ったら、すぐに着られなくなるのでは?
そこで俺は、何を思ったのか2つも大きなサイズを購入した。
あゆは不思議そうな顔をしていたが、特に何も言ってこなかった。
「楽しかったね!」
「うん」
その後、1度家に帰った俺は、その服を着てあゆの家に向かった。
「ちょっ、ちょっと待って柚くん……!」
当然、あゆのお母さんには大爆笑された。
そんな思い出がこの服には詰まっている。
「よし、これにしよ」
俺は白のTシャツと黒のストレートズボンを着て、あゆの家へ向かった。
あっ、もちろん白Tは当時の物じゃないからね。
「つ、疲れた……」
あゆの家は、俺の家から歩いて5分のところにある。
たった5分の道のりだが、今の俺にとっては長い長い5分だった。
「ふぅ」
あゆの家に着いてから3分。
悩みに悩んだ末、俺はインターホンを押した。
「はーい」
ピンポーンという音の後、あゆの声が聞こえた。
声を聞くと、なぜか緊張が増す。
正直、今すぐ逃げ出したい気分だ。
「はぁ」
そんなことを考えていると、ガチャッと玄関のドアが開いた。
「お待たせしました! ……って、柚じゃん!」
玄関から出てきたあゆは、熊の刺繍が入ったエプロンを着ていた。
おいおい、そんなに怒るなよ。
気持ちは分かるけどさ。
俺には、ワンポイントの熊があゆの可愛さに嫉妬しているように見えた。
勝ち目のない勝負、これが現実なのだ。
「あっ、えーっと、今日はよろしく」
可愛さでこの世の頂点に立ったあゆに、俺は拙い返事で応戦した。
「ねぇっ、柚聞いてよ!」
「な、なに?」
この話し方……どうやら今日の柚はテンションが特別高いらしい。
ほんと、強烈なパンチとか、飛んでこなければいいんだけど……。
「今日の夜ご飯ね、私が作ったんだよ!」
「えっ、ほんと? めっちゃ楽しみ」
思わぬ右アッパーに、思わずリアクションをしてしまった。
「ふっふっふ、流石の柚も楽しみになってしまったようだね」
「べ、別に」
俺は柚が嫌い。
だから、無駄に柚を喜ばせるリアクションをしてはいけない。
これは誰かのためじゃない。
自分のためだ。
「あっ、それより先に上がってもらわなきゃだよね。
早く報告したくて忘れちゃってたよ、えへへ」
あーもう、可愛いなくそっ!
すぅーはぁー。
ここは1度心を落ち着かせて……。
「お邪魔します」
「はい、どうぞ!」
俺は久しぶりに、あゆの家に入った。
「あっ、懐かしい」
あゆの家の中は、中学生の時から何も変わっていない。
それに、懐かしい匂いがする。
「柚、こっちだよ!」
あゆに手招きされ、俺はダイニングに向かう。
「カレーか、めちゃ美味そう」
中に入ると、美味しそうなカレーとあゆの両親が俺を待っていた。
「あら、柚くんいらっしゃい」
「柚くん久しぶり。随分大きくなったね」
あゆの両親は何ら変わりなく、優しい笑顔でお出迎えしてくれた。
「お久しぶりです。今日はお世話になります」
「いいのよ、そんなかしこまらなくて。
それより、その服懐かしいわね」
やはり、あゆのお母さんは俺の服に触れてきた。
それほどまでに強烈な思い出だったのだろう。
「一応、着るのは中学生以来です」
しかし、今日はいじってこない。
流石はあゆのお母さんだ。
「ちょっと待って!
その服って私が選んだやつだよね!
私も気づいてたよ? でもさ、もし間違ってたら怖いなとか思ったら言えなかったんだよ!」
なんだ、やっぱりあゆも気づいてたのか。
俺はあゆが嫌いだ。
小さな思い出も忘れない、そんなあゆが嫌いだ。
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