第3話 神の使者

 朝は目覚まし時計の音で目が覚める。

 ジリジリとうるさく鳴り響く音に眉をひそめて、うっすらと目を開ける。

 寝惚け眼を擦りながら、目覚まし時計を止めて、うーんとアリアは背伸びした。

「今日は魔法薬の実験だったわね。あの先生、話が長くてなかなか授業が進まないのよね」 

 高齢のせいか、同じ話ばかりするのだ。小柄で可愛らしいおばあちゃんなので、誰も何も言えない。

「悪い人ではないけど……」

 生徒の悩みを聞いては励ましてくれる優しい教師でもある。無能は容赦なく切り捨てる魔法学園では珍しい。

 まだ、寝起きで頭がぼうとするが、アリアは制服に着替えようと起き上がる。

「……うぅ、ん」

 すると、布団の中から声が聞こえてきた。アリアは首を傾げながら、掛布を捲る。

「カレン……」

 アリアの隣でカレンが気持ちよさそうに眠っていた。寝顔まで美しすぎて腹が立ってくる。

 アリアはため息をついて、パチンとカレンの額を指で弾いた。

「いったい!?」

 カレンが赤く腫れた額を押さえながら、ようやく目を覚ました。

「やっとお目覚めのようね」

「……もっと優しく起こしてほしい」 

 カレンが恨めしそうに見てくる。

「優しくしてほしかったら、自分のベッドで寝なさい」

「だって……」

「だってじゃありません。今夜もあたしのベッドに潜り込んできたら、おやすみのキスはなしよ」

「そんな……」

 カレンがエメラルドの瞳に涙を浮かべて、上目遣いで見つめてくる。乱れた夜着から胸の谷間が見えて、目のやり場に困ってしまう。

「泣いても無駄よ。キスか添い寝、どちらか選びなさい」

 潤んだ瞳でおねだりされたら、身も心も許してしまいそうで怖くなる。結婚するまでは純潔を散らすわけにはいかない。

 女同士でも子供ができる魔法はハツカネズミで成功している。二ヶ月しか経っていないのに、鳥や爬虫類でも可能なことが判明した。

(この調子だと、在学中に赤ちゃんができてしまいそう……)

 それは互いの家の名誉に関わる。清い交際でなくてはならないのだ。

「キスと添い寝、どちらも捨てがたいな」

 いつになくカレンが真剣に悩んでいる。

 アリアは呆れ返って、制服に着替えた。

「カレン、早く着替えないと朝食に遅れるわよ」

 魔法学園は時間に厳しい。朝食抜きの反省文は勘弁したい。

「わかった。今日はキスにする。それで明日は添い寝だ」

 アリアは頭が痛くなってきた。それでも子供っぽい独占欲は愛らしいと思う。

「さあ、おはようのキスをしてくれ」

「朝食が先でしょう」

 カレンは不満そうに唇を尖らせて、渋々といった様子で制服の袖に腕を通す。

 最後に襟元の赤いリボンを結んだところで、突然、カレンがふらりとよろけた。咄嗟に壁に手をつくが、足に力が入らないのか、その場に膝をついてしまう。

「カレン!?」

 アリアは急いで駆け寄り、カレンの体を支える。顔を覗き込むと、赤い顔で汗をかいていた。呼吸も乱れて苦しそうだ。

 カレンの額に手を当てると驚くほど熱い。

「どうして……」

 光魔法を習得してから、カレンは病気にかかったことがない。自然治癒で治ってしまうのだ。掠り傷なら一瞬で傷口が塞がってしまう。

「……おかしい……体が動かない……」

 カレンは立ち上がろうとするが、足に力が入らず、アリアに寄りかかってしまう。吐く息も荒く、声も掠れてしまっている。

「もしかして、魔力が乱れているのかもしれない。あたしの魔眼で見てみるわね」

「……すまない」

「いいわよ。最近、頭痛と眼精疲労を克服したから」

 魔導書を読みあさって、呪いを抑える薬草を見つけたのだ。アリアの魔眼は強力な呪いなので、頭痛と眼精疲労を和らげることしかできなかったが。

 アリアはカレンを凝視する。すると、灰色と茶色と紫色を混ぜたような靄がカレンの体を包み込んでいた。

「この色は……」

 アリアは驚愕に目を瞠る。こんなにも禍々しくて不気味な魔力は見たことがない。風属性なら緑色、土属性なら黄色で淡く輝いているものだ。 

 光魔法の使い手であるカレンの魔力は清らかな白色でなければならない。

「……魔力の暴走か……?」

 光属性に目覚めたころの魔力の乱れを思い出して、カレンが不安そうに尋ねてくる。

 アリアは首を横に振った。

「これはカレンの魔力ではないわ」

 アリアには得体の知れないものがカレンに覆い被さっているように見える。

 特に心臓のあたりに集まっていて、色が濃くなっている。

 アリアは思いきって、カレンの左胸に触れてみる。

 ぞわっと鳥肌が立った。アリアの体の中にまで、どろりとしたものが入ってくる感覚に身震いする。

 アリアは慌てて手を引っ込めた。この感覚には覚えがある。魔眼の制御ができなかったころ、よく苦しめられたものだ。

「カレン、落ち着いて聞いてちょうだい。あなたに呪いがかけられている」

「呪い……」

「そうよ。このサミエーラ王国では禁じられている魔法よ」

 人を呪わば穴二つ。禁忌の魔法を使った者は必ず身を滅ぼす。サミエーラ王国では廃れてしまった魔法だ。

 だが、コルトレイン国では毒虫で作られた呪物が未だに使われている。

「治癒魔法では治らない。浄化魔法は使える?」

「……ああ、得意だ」

 こんなときでも笑みを浮かべる。カレンの場合は余裕でできてしまうから、心強いのだが。

 カレンが浄化魔法を使うと、不気味な色が綺麗さっぱり消えてしまった。

 アリアの魔眼には白い靄に包まれたカレンが映っている。

「呪いは消えたわ。気分はどう?」

「平気だ。あれが呪いなのか……」

 体調はよくなっているはずなのに、カレンはアリアから離れようとしない。アリアの胸に顔を埋めて、ぽつりと呟く。

「恐ろしいな」

 カレンが弱音を吐くのは珍しい。七人しかいない光魔法の使い手でも、まだ十六歳の少女なのだ。命を狙われて、心が傷ついているのだろう。

 アリアは慰めるように金色の長い髪を指で梳く。

「あたしも呪いを見たのは初めてよ。まさか、あんな不気味な色をしているなんて……」

「そんなに酷い色だったのか?」

「ええ、泥水に色々な絵の具を混ぜたような気持ち悪さだったわ」

「苦労をかけて悪かった」

「そこは、ありがとうでしょう。あたしも魔眼が役に立って嬉しいんだから」

 カレンがおずおずと上目遣いで見てくる。思わず、可愛いと不謹慎なことを思ってしまう。

「アリアがいなかったら危なかった。ありがとう」

「どういたしまして」

 ぎゅうと抱きしめた気持ちをなんとか堪える。素直なカレンが愛くるしくてたまらない。

「今日は休んだほうがよさそうね。体調も心配だけど、まだ近くにカレンの命を狙っている者がいるかもしれないし……」

「いや、なるべく穏便に話し合いで解決したい。証拠を隠滅される前にな」

 カレンも犯人の目星がついているようだ。だが、大事にはしたくない。下手をしたら戦争になるかもしれないのだ。

「アリア、魔眼で呪いの残滓は見えるか?」

「相手が呪物を持っていたら見えると思う。でも、近くでじっくり見ないとわからないわ」

「いきなり話しかけて、じろじろと見ていたら、こちらが怪しまれてしまうか」

 アリアとカレンは腕を組んで考え込む。

「とりあえず、白黒はっきりさせたい」

「それだけなら、できないこともないわ」

「本当か?」

「見つかったら、反省文だけどね」

「すでに朝食抜きの反省文だが」

 時計を見ると、もうすぐ始業の鐘が鳴る。

「そういうことは早く言いなさいよ。詳しことは歩きながら話すわ」

 アリアとカレンは鞄を持って、急いで教室へと向かった。



 薔薇窓から射し込む光がユベールと他の留学生を鮮やかに照らしている。

 慈愛の女神に祈りを捧げているユベールを、アリアとカレンはパイプオルガンの陰に隠れて様子を窺っていた。

 ユベールも他の留学生も両膝をつき、手を組んで熱心に祈り続けている。これなら、気づかれずに魔力の色を見ることができる。

 アリアもカレンもユベールを疑っていた。

 光魔法の使い手は、コルトレイン国では神の使者の偽物として忌み嫌われている。信仰に邪魔なカレンの命を狙った可能性が高い。

 サミエーラ王国では禁じられている魔法もコルトレイン国では呪物が使われている。 

 アリアの魔眼なら、その呪いの残滓が見える。

(化けの皮をはがしてあげるわ)

 夜中に女子寮まで乗り込もうとしていたのだ。とうとう痺れを切らして、カレンの命を奪いにきたに違いない。

 アリアは怒りを込めて、ユベールを睨みつける。

 ユベールは目を閉じて祈っているので、身を乗り出したアリアに気づいていない。

 アリアの魔眼にユベールが映る。白い靄に包まれた少年の姿が。

「光属性!?」

 アリアは驚きのあまり、大声を出してしまった。

 カレンが目を瞠り、ユベールも弾かれたように顔を上げ、アリアを振り返る。

 アリアは両手で口を押さえるが、もう手遅れだ。パイプオルガンから上半身が出てしまっている。 

 これは覚悟を決めるしかない。アリアはユベールのもとまで歩み寄り、毅然とした態度で言い放った。

「あたしはアリア・メレディス。こちらはカレン・マルグリット。ご存じのとおり、サミエーラ王国に七人しかいない光魔法の使い手よ」

 アリアの後についてきたカレンを肩越しに振り向き、話を合わせるように目配せする。

 カレンが小さく頷く。アリアが口を滑らせた「光属性」の言葉で理解したようだ。

 アリアは呆然としているユベールを見据えて言った。

「あたしたちは呪いの痕跡を追って、この礼拝堂で刺客を待ち伏せしていたの」

「呪い……。まさか、光魔法の使い手が狙われたのですか!?」

 ユベールがこれ以上ないほど目を見開き、勢いよく立ち上がる。この驚きの表情は演技ではない。本当に何も知らないようだ

「ええ、そうよ。呪いはカレンが浄化したわ」

 ほっとユベールが安堵のため息をつく。見た目どおりのお人好しのようだ。

「でも、カレンを狙った刺客を取り逃がしてしまった。正直に言うと、あたしたちはあなたを疑っていた」

「僕たちは何もしていません」

「そうみたいね。本当にごめんなさい」

 アリアが頭を下げると、ユベールは狼狽する。

「頭を上げてください。僕たちは疑われてもしかたないのですから……」

 しゅんとうなだれるユベールが可哀想になってくる。

(コルトレイン国の評判は悪いからね……)

 神の使者であるユベールが責任を感じてしまうのもしかたがない。

「それにしても、僕が神の使者だとよくわかりましたね。このことは学園長しか知らないはずなのに」

 ギクリとアリアの肩が跳ね上がる。魔眼のことは話せない。

「そ、それは……」

 だらだらと冷や汗を流していると、カレンがアリアを庇うように前に出て、口を開いた。

「光属性は互いに引かれ合うものだ。私には一目で君が神の使者だとわかったぞ」

 嘘も方便だが、素直なユベールが尊敬の眼差しを向けてくる。

「そうなのですか!? 僕はまだまだ未熟のようですね。もっと祈りを捧げなくてはなりませんね」

 アリアもカレンも罪悪感で心が痛む。だが、刺客を捕らえなくてはならない。どんな手を使ってもだ。

「ユベール、私たちは呪いに詳しくはない。できれば教えてはくれないか?」

「はい、僕でお役に立てるのなら喜んで」

 無垢な笑顔に心苦しくなる。アリアはちらっと他の留学生を見て、声を潜める。

「できれば三人で話がしたいの。こちらにも事情があって……」

 カレンに目を向けると、何かを察したかのように、ユベールは頷く。

「わかりました。僕もお願いしたいことがありますので、従者には礼拝堂の外で待ってもらいます」

 当然、従者は反対したが、最後は渋々といった様子で礼拝堂から出ていった。

 信仰のためのお飾りだと思っていたが、これは意外と手強いかもしれない。ユベールの願い事も気になる。

 アリアとカレンはユベールを挟んで、最前列の長椅子に座った。

「さっそくだが、呪物について教えてほしい」

 カレンが単刀直入に尋ねると、ユベールは顎に手を当てて考え込む。

「呪いにも災いを招くものから死にいたるものまで様々です。カレン様はどのような呪いをかけられたのですか?」

「呼び捨てでかまわない。私は高熱が出て、体が重くて動かなくなった。君にはわかるだろう。光属性は自然治癒が高くて病気にはならない」

「そうですね。これはあきらかに、あなたの命を狙った呪いですね。しかも、かなり強力な呪物が使われています」

 ユベールは険しい顔つきになる。こうして話をするのは初めてなのに、本気でカレンを心配して怒っているようだ。

「この呪いは相手の体の一部、髪の毛や爪などを毒虫に食べさせて殺します。毒虫の頭を潰せば、相手の頭も潰れます。おそらく、刺客はカレンを苦しめて殺すのが目的だったのでしょう」

 アリアは血の気が引くのを感じた。下手をすれば浄化魔法が間に合わずに命を落としていたかもしれないのだ。

「卑劣な……」

 カレンも怒りのあまり拳を握りしめている。

「このサミエーラ王国にも禁忌の魔法はあります。その代償は大きなもの。コルトレイン国の呪物も覚悟がなければ使えません。しかも、カレンは浄化魔法で呪いを解きました。呪いの代償が何かはわかりませんが、失敗した刺客はカレンの代わりに高熱でうなされていることでしょう」

 ユベールは当然の報いだと冷静に言った。

 アリアはぞくりと背筋が凍りつく。ユベールとカレンは同じ光属性なのに、時折、鋭く冷たいものを感じてしまう。

「その呪物は何度でも使えるのか?」

「ほとんどが使い捨てです。しかも、強力なものほど高価で数も少なく手に入りにくいです。普通に毒を盛ったほうがお手軽でしょう」

「我々には無意味だがな」

 カレンとユベールが笑い合う。この二人なら勝手に解毒されるので、毒殺は意味がない。

 カレンとユベールだけにしか通用しない冗談なので、アリアは笑えなかった。

「カレンに使われた呪物も一度きりで、もう効果はないのね」

「浄化魔法で灰になっていると思います」

「証拠まで消してしまったか……」 

 カレンが悔しそうに呟く。

「落ち込むことはないわ。ユベールの話では、その刺客は高熱で寝込んでいるはずよ。もし、刺客がこの魔法学園の教師や生徒だとしたら、今なら簡単に捕らえることができるわ」

 慰めるつもりで言ったのだが、カレンとユベールは目を丸くして、おおっと感心する。

「さすが、アリア。容赦ないな」

「なんて、逞しい人なのでしょう」

「…………」

 褒められているのに、あまり嬉しくない。アリアは気になっていたことをユベールに尋ねた。

「ところで、コルトレイン国の神の使者が、どうして魔法学園にいるのかしら? ただの留学ではないのでしょう」

 ユベールの顔が引き締まる。緊張がこちらにまで伝わってくる。

 ユベールは大きく深呼吸をしてから、重い口を開いた。

「実は、僕が八歳までいた孤児院の様子を見に来たのです」

 アリアとカレンは目を瞬かせる。

「ええっ!? それじゃ、あの誘拐事件は本当だったの」

 二十年前、サミエーラ王国では光属性の魔力を宿した子供が姿を消した。その半年後にコルトレイン国に神の使者が誕生した。誰もがコルトレイン国を疑ったが、証拠がないために泣き寝入りするしかなかったのだ。

「誘拐ではなく売られたのですが……」

 ユベールが困ったふうに眉を下げる。

「売られた?」

「どういうことだ?」

 アリアもカレンも頭が混乱していた。

「誘拐より酷い目にあっていたなんて……」

「いえ、誤解しないでください。これは僕が決めたことです」

 カレンが怪訝な顔つきになる。

「ますます、わからなくなってきたな」 

「これって、あたしたちが聞いても大丈夫なの?」 

「誰かに話してもかまいませんが、サミエーラ王国の立場が不利になるだけです。カレンとアリアは、そのような愚かなことはしませんよね?」

 にっこりとユベールが微笑む。

 アリアは思わず身震いしてしまう。

 ユベールは天使なのか悪魔なのか。何を考えているのかわからない。 

「安心しろ。口は堅い。それに、私たちに頼み事があるのだろう」

 さすがは光魔法の使い手だ。臆することなく、神の使者にも堂々としている。

「そうです。僕をここから連れ出してほしいのです。一目でいいから孤児院を見たいのです」

 アリアとカレンは首を傾げる。

「コルトレイン国から逃げ出したいわけではないのだな」

「それでは僕が神の使者になった意味がありません」

「脅されているのか?」

「違います。対等な取引です。──僕には親がいません。孤児院に捨てられていたそうです。赤ん坊の僕を育ててくれたのがモニカ先生でした。ですが、モニカ先生はご高齢で僕が五歳のときに亡くなりました。その後、モニカ先生の甥と名乗る男がやって来て、勝手に居着いてしまいました。その男は僕や他の子供たちに物乞いをさせ、その金で酒を飲んでは酔っ払って暴力を振るいました」

 アリアが真っ青な顔で呟く。

「そんな……酷すぎる……」 

「その甥を誰も咎めなかったのか?」

「外面だけはよかったので、みんな、男の口車に乗せられていました。それに、告げ口をすれば殴られるので、僕たちは逆らうことができなかったのです」

 ユベールも昔を思い出して、苦りきった表情になる。

「それから三年が過ぎて、男の暴力はさらに激しくなりました。食べるものもカビの生えたパンしかなく、このままでは飢え死にか、殴り殺されるか、僕たちは毎日、怯えながら暮らしていました。僕はせめて弟妹だけでも助けてほしいと神に祈りました。その祈りが届いたのか、僕は光属性の魔力を宿しました。僕は治癒魔法で弟妹の怪我を治しました。それを見た男が金になると思ったのでしょう。光魔法の使い手を育てたのは自分だと言いふらし、荒稼ぎしていました。そして、その噂を聞きつけたコルトレイン国の聖職者が僕を引き取りたいと言ってきました」

「まさか……」

 嫌な予感しかしない。ユベールは顔をしかめて頷く。

「はい。男は僕を売りました。しかも、サミエーラ王国の王様には誘拐されたと嘘をついて。僕はどうなってもよかった。でも、残された弟妹が心配で、何度も逃げ出そうと考えました」

「だが、そうしなかった」

「孤児院に戻っても何も変わらないと思ったのです。それなら、コルトレイン国と手を組んだほうがまだマシです」

「サミエーラ王国を見限ったというわけか」

「あんな男の嘘を真に受ける王様より、話が通じると思ったのです。僕の望みは孤児院を守ること。ささやかな望みを叶えてくれるのなら、お飾りの神の使者になると大司教と取引をしました」

「それは孤児院の弟妹を人質にとられたようなものではないのか?」

「それも考えました。ですから、弟妹にもしものことがあったら、信者に全てを打ち明けて、目の前で自害すると言ってやりました。そうそう、あの男は誘拐犯として、こちらで処刑しました」

 虫も殺さぬ顔をして肝が据わっている。

「少しだけ、コルトレイン国に同情する」

 カレンなりの褒め言葉だ。これでは、どちらが操り人形なのか。頭を抱えている大司教が想像できる。

 ふと、アリアはユベールの顔をまじまじと見つめる。

「二十年前の話よね? だとしたら、二十八歳!?」

 とても二十八歳には見えない。外見はアリアと同じ十代半ばだ。

「まさか、これも光魔法の影響なの?」 

「皇王の寿命を一年ほど延ばしたら、十年若返ってしまいました。僕もまだまだ修行不足ですね」

 ユベールが恥ずかしそうに頭を掻いている。

「ここまで怖いもの知らずとは……」

 カレンの顔が引きつっている。

 アリアは首を傾げた。

「そんなに危険な魔法なの?」

「アリア、よく考えてみろ。他人の寿命が一年延びると十年若返る。この魔法は使い続けると最後はこの世から消えてしまう。代償を支払う、呪いに似た魔法だ」

「そうです。赤ん坊なら一からやり直しですが、存在そのものが消えてしまう恐れがあります。さすがに、この魔法の使用は禁じられました。カレンも気をつけてくださいね」

「私には関係ない魔法だ」

「大切な人を失いそうになっても?」

 カレンがちらっとアリアを見る。

 アリアはきっぱりと言った。

「そんなことをしたら絶交だからね」

 ユベールは目をぱちくりさせ、カレンが小さく笑う。

「アリアに嫌われたくないから使わない」

 ユベールはアリアとカレンを交互に見る。

「お二人は本当に仲がよろしいのですね」

 アリアはドキリと心臓が跳ね上がる。カレンが婚約者であることは隠しておきたい。

 カレンはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。

「うらやましい……」 

 ぽつりとユベールが呟く。その声はとても小さくて二人の耳には届かなかった。

「僕の場合は若返ったお陰で魔法学園に留学することができました。光魔法の使い手の偵察という名目で。こうでもしないとコルトレイン国から出られませんからね」

 カレンまで利用するとは命知らずにもほどがある。そのカレンは強かなユベールを気に入っているようだが。

「災い転じて福となすか。転んでもただでは起きないとはやるな」 

「──それが、ここの学園長が石頭で、神の使者に何かあれば一大事だと、外出許可を出してくれないのです」

 ユベールががっくりと肩を落とす。

 アリアとカレンもため息を漏らした。

「責任重大だからね」

「単に神の奇跡を独り占めしたいのだろう。一度、誘拐されているからな」

「あの学園長に真実を打ち明けても無駄でしょうね。ユベールの気持ちより魔法が最優先だから」

「やはり、そうですか……」

 ユベールが力なくうなだれる。おそらく、何度も説得したのだろう。それでも、学園長はユベール──神の奇跡──を心配して外出を認めなかった。

「もしかして、女子寮に乗り込もうとしたのも、同じ立場のカレンに相談にのってもらうため?」

 ユベールは驚いたように顔を上げる。

「知っていたのですか?」

「偶然、見かけただけよ。従者に止められていたけど」

「あの者たちは信心深いですから、カレンが敵に見えるのでしょう。カレンに近づくことも許してくれません。焦って夜中に女子寮に押しかけようとした僕も悪いのですが……」

 それほどまでに孤児院が気がかりだったのだろう。それに、コルトレイン国ではカレンは神の使者の偽物にされているので、敵視されてもしかたはない。

「要するに学園長を脅せばいいのだな」

 カレンは真剣そのものだ。

「なに物騒なことを言っているのよ。退学になるわよ」

「別にかまわない。研究なら一人でもできる。教師は用済みだ。だが、学園長は私とユベールが必要だ」

「まさか……」

 カレンがにやりと口の端を吊り上げる。

「コルトレイン国に帰ると言えばいい。それでも渋るようなら、私も自主退学する。学園長は大事な研究材料を失いたくはないだろう」

 確かに学園長の目には極上の研究材料に映っているはずだ。それでも素直に賛成はできない。

「カレンらしい傲慢なやり方ね」

「それだけの価値が私たちにはある。それに、善良な生徒の自由を奪っているのだ。少しお灸をすえておくべきだろう」

 善良という言葉に疑念を抱いてしまうが、学園長の身勝手さには目に余るものがある。

「ユベール、今すぐにでも学園長を懲らしめたいところだが、まずは刺客を捕らえたい。しばらく待ってもらえないか?」

「それなら、僕にも協力させてください。女性だけでは危険です」

 おやっとアリアとカレンは目を丸くする。

 自分のことは後回しでもかまわない。それより、女性だけでは危ないと心配してくれる。

「もっと早くに、あなたと友達になりたかったわ」

「僕もです。お二人のお陰でようやく孤児院に行くことができるのですから。本当にありがとうございます」

「お礼なんていいわよ。そうだ。あなたの従者に黒髪の背が高くて強そうな人がいたでしょう。今から怪しいと思っている男子生徒に会いに行くのだけど、護衛として付いて来てもらえないかしら?」

 カレンは何かを言いかけようとして、口を閉ざす。アリアの考えに気づいたようだ。

「ザックですね。彼は魔法も剣も強いんですよ。無愛想に見えますが、本当はとても優しいんです。不器用で誤解されやすいですが、絶対、お役に立ちます」

 ユベールが頬を紅潮させて、従者の自慢をする。

 アリアとカレンはそろって首を傾げた。

 これって、もしかして……。



 ユベールの命令には逆らえず、ザックは不機嫌を露にアリアとカレンに付いて来る。

 人気のない道を歩きながら、アリアがおもむろに口を開いた。

「呪物の持ち主はあなたでしょう」

 ザックの足が止まる。

 アリアとカレンは振り返って、ザックと向き合った。

「──どうして、俺だと?」

「あなたから、呪いの残滓が見えるのよ」

 ユベールを見たとき、後ろに控えていたザックから、禍々しい色が魔眼に映ったのだ。

「さすが光魔法の使い手。呪物に気づくとはな」

 ザックもカレンの魔法だと勘違いしている。

 アリアの魔眼には気づいていないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 ザックは両手を上げて、あっさり降参した。

「そうだ。俺がお前に呪をかけた。ユベール様は関係ない。刺客は俺だ。俺を捕らえろ」

 アリアとカレンは目を瞬かせる。互いに顔を見合わせて、ぼそりと呟いた。

「これって、もしかして……」

 つい、口元がにやけてしまう。しかし、今はそれどころではない。

 アリアは顔を引き締めて言った。

「あなたは呪物を持っていただけ。カレンに呪いはかけていない」

「本当に呪をかけたのなら、今ごろ高熱でうなされているはずだ。呪いは失敗したのだからな」

「…………」

 ザックは唇を噛みしめて、押し黙る。

 アリアはザックの制服のポケットを凝視する。僅かに不気味な色がついている。

「いつも持ち歩いていたのかしら? カレンを殺すために」

「そんなことまでわかるのか……」

 ザックが驚愕に目を瞠り、カレンを見据える。

 都合よく誤解してくれているので、アリアは話を続けた。

「ユベールにカレンを殺す理由はないわ。だとしたら、あなたに呪物を与えた者は大司教になるのかしら?」 

「…………」

 ザックは堅く口を閉ざしている。それは肯定を意味している。

 アリアは大げさにため息をついた。

「そんなに戦争がしたいの?」

「違う!」

「でも、魔法学園でカレンが命を落とせば、疑われるのは神の使者よ。そんなこともわからないの?」

 ザックが僅かに怯む。アリアとカレンに睨まれて、観念したように口を開いた。

「これは本来、呪詛返しに使うつもりだった」

 アリアとカレンは首を傾げる。

「呪詛返しって、呪いを相手に返すものよね。授業でもやっていたわ。まさか、カレンが禁忌の魔法を使って、ユベールを殺すと思っていたの?」

「──偽物は信用できない……」

 それだけではないと思うが、アリアとカレンは盛大なため息をついた。

「なんだか馬鹿らしくなってきたわ。このことはユベールには黙っておくから、二度と愚かな真似はしないでちょうだい」

 ザックが目を瞬かせる。

「それでいいのか?」

「いいわけないでしょう。でも、友達の悲しむ顔は見たくないの。あなたもこのことは墓場まで持っていくのよ。ユベールのことを本気で大切に思っているのなら」

 ザックは深く頭を下げる。

「かたじけない」

「堅苦しいのは苦手なの。それより、カレンに呪いをかけた人物に心当たりはない?」

「それが……」

 ザックは頭を上げて、躊躇いがちに言う。

「三日前に呪物を盗まれてしまったのだ」

 アリアとカレンは目を剥く。

「嘘でしょう……」

「すまない」

「ユベールが聞いたら卒倒するわよ」

 ザックがしゅんとうなだれる。大きな体がこのときは小さく見えた。

「とりあえず、呪物の特徴を教えてくれないか?」

 カレンが冷静に尋ねる。

「小さな白い壷に封印の札が貼ってあり、その中に呪いに使われる毒虫が入っている」

 ザックも正直に答える。

「そんなものをいつも持ち歩いていたの……」

「ユベール様をお守りするためだ」

 どうやら、ユベールのことになると周りが見えなくなるようだ。その隙を突かれたのかもしれない。

「あなたに近づく不審な人物はいなかったの?」

「俺たちは、いつもユベール様のお傍でお仕えしていたから、教師ともあまり話したことはない」

 ユベールを囲むように行動しているのをよく見かけていた。特別に食事も部屋でとっている。

 これは前途多難だと途方に暮れていると、ザックが何かを思い出したように声を上げた。

「そういえば、学園長が世話係を用意してくれた。習慣や文化が違うから、早く慣れるようにと。同じ一年なら気を遣うこともないだろうと」

 アリアとカレンは顔を見合わせる。

「その人物の名前は?」

 カレンが問うと、ザックは忌々しそうに顔をしかめた。

「ダニー・モランテ」



 女子寮の自室に戻ってきたカレンは疲れ果てたのか、そもままベッドに倒れてしまった。

「ご苦労さま」

 アリアがカレンのベッドに腰掛けて、よしよしと頭を撫でる。

 カレンはごろんと仰向けになって、アリアを見上げて言った。

「ダニーで間違いない。今日、無断欠席していた。クラスメイトが様子を見に行ったら、追い返されたそうだ。部屋から出ずに怒鳴り散らして」

「同室の生徒は?」

「先日の試験でカンニングが見つかって、退学処分になったらしい」

「今は一人なのね」

 呪いの儀式を行うには好都合だ。

 ザックからダニーの話を聞いたあと、カレンはダニーのクラスメイトに声をかけた。

 ダニーのことを尋ねると、特に女子生徒は競うように話してくれた。最近、様子がおかしいことまで、ペラペラと喋ってくれる。

 薔薇の王子と一緒にいるだけで舞い上がっているようだ。

 どうしてダニーのことを知りたがるのか、不思議がっている生徒もいたが、生徒指導の先生に頼まれたと適当に誤魔化した。

 最初はアリアも話しかけようとしたが、逃げられてしまった。なので、女子寮の自室でおとなしくカレンが戻ってくるのを待っていた。

「しかし、どうしてダニーがカレンを呪うのかしら?」

「そんなものは決まっている。告白の邪魔をされたからだ」

 アリアはきょとんとしてしまう。

「それだけで人を殺すの?」

「さあ、ちょっと痛めつけるつもりだったのかもしれない。本当に殺したいほど私を憎んでいたのかもしれない。私がいなければアリアと付き合えると思い込んでいたのかもしれない。こればかりは本人に聞くしかないな」

「ザックのようにユベールのためなら手段を選ばない人もいるからね」

「恋は盲目とはよく言ったものだ」

「カレンには言われたくないと思うわよ」

 アリアと結婚するために、女子同士でも子供ができる魔法を完成させたのだ。その執念が恐ろしい。

「それで、ダニーをどう捕らえるかだが。呪いのことは隠しておきたい。ユベールの立場が悪くなるからな」

「そうね。すでにザック一人の問題ではなくなっているからね。警吏に任せるわけにはいかない」

「だからといって、私たちが男子寮に乗り込むわけにもいかない。下手をした逃げられてしまう」

 アリアは考える顔つきになる。

「だったら、あちらから来てもらいましょう」

 カレンは目を瞬かせた。

「どうやって?」

「ダニーと同じことをすればいいのよ」

 アリアはにやりと口の端を吊り上げた。

「手紙で呼び出すのよ。ただし、恋文ではなくて──」

 カレンの命を奪おうとしたダニーは許せない。必ずこの手で捕らえてみせる。

 アリアは強く拳を握りしめた。

「果たし状よ!」



 アリアは礼拝堂の裏のアカシアの木の下で、ダニーを待っていた。

 手紙はザックに頼んでダニーに渡してもらった。ザックの話ではダニーは今日も無断欠席で、昼休みに男子寮に行っても部屋から出てこなかったそうだ。

 しかたなく扉の前に手紙を置いたら、いつの間にかなくなっていた。読んではいるようだ。

 ザックは責任を感じて護衛を申し出たが、アリアとカレンは断った。

 アリアの魔眼が知られたら大騒ぎになってしまう。それに、なるべくコルトレイン国に手の内を明かしたくない。カレンの光魔法はそれほどまでに強大なのだ。

 それでも心配してくれる気持ちは嬉しい。ザックもダニーには困り果てていた。

 魔法学園の案内や規則を教えてくれるのは有り難いのだが、ユベールを賭博や女遊びに誘うのだ。ユベールが神の使者とは知らないので、強引に酒を飲ませようとしたりする。あまりにも執拗に絡んでくるので、距離を置いていたらしい。

 カレンも女子生徒から聞いた話では、ダニーは成績が悪いので、コルトレイン国の留学生に取り入ろうとしていたそうだ。世話係は勝手にしていたことらしい。自分も特別扱いされると思ったのだろう。つくづく情けない男である。

 以前のようにカレンは茂みの中に身を隠して、アリアはアカシアの木に背中を預けていると、ダニーが遅れてやって来た。

「ああ、ほほほほ、本当に、ここここ、氷のじ、じじじ女王が……」

 ダニーは右足を引きずりながら近づいてくる。今回は掃除で遅れたのではなく、足を怪我しているようだ。

 相変わらず、鼻息が荒く、滑舌が悪くて聞きとれない。

「ぼ、ぼぼぼ、僕のことを……あ、あああ愛している……!」

 血走った目で、よだれを垂らしながら、うわ言のように何かを叫んでいる。

 これはただ事ではない。アリアは魔眼でダニーを見る。

「これは……」

 アリアは眉をひそめ、唸ってしまった。

 ダニーの右半身が不気味な色で塗り潰されているのだ。これは呪いそのものだ。

「カレン、彼はもう手遅れよ」

 アリアにはどうすることもできない。カレンの光魔法でなくてはダニーを止めることはできない。

「やはり、刺客はこの男だったのか」

 カレンが茂みの中から出てきて、苦りきったため息をつく。

「なななな、なぜ、お前が……!」

 ダニーはカレンの姿に目を剝き、狂ったように喚き散らした。

「お、おおおお前が……ぼぼ僕の……ここここ氷のじょおぅを……うばあったぁ……!」

 ダニーの口が耳まで裂けて、二本の牙が顎まで伸びる。このままでは全身に呪いが侵食してしまう。

「こここ、ここ殺す……じょおぅは僕のものぉ……」

 ダニーが魔法で火の玉を作り出す。だが、小さくて遅い。これなら、アリアの水の刃で簡単に消すことができる。

 アリアが素早く水の刃を飛ばすと、火の玉はあっけなく消滅した。念のため、魔法が使えないように腕に水の刃を刺しておく。

 しかし、水の刃が弾かれてしまった。

「まさか!?」

 ダニーの制服の右袖が異常に膨らみ、破れてしまう。中から硬くて黒く光るものが出てきた。

 人の腕ではない。うねうねと動くものはムカデだった。おそらく、呪いに使われた毒虫だろう。

「これが呪いの代償か……」

 カレンが驚愕に目を瞠る。

 ズボンも右側が破れて、巨大なムカデがうねっている。この足で礼拝堂の裏まで来たのか。

「だから、部屋に閉じこもっていたわけね……」

 アリアは憐れみの眼差しをダニーに向ける。呪いは頭まで塗り潰そうとしていた。

「アリア、攻撃魔法はあの頑丈なムカデが跳ね返してしまう」

 カレンなら、切り裂くことも押し潰すこともできるが、それではダニーが死んでしまう。

「ここは、あたしに任せてちょうだい」

 アリアは魔法で空気中に含まれている水を集める。頭くらいの大きさの水の玉が出来上がると、それをダニーの顔面に放った。

「うぐぅ……ごぼ……っ」

 水の玉はダニーの顔を覆いつくし、空気を奪っていく。

 ダニーは必死にもがくが、息ができずに倒れてしまった。

「溺死させるとはな」

「死んでないわよ」

 魔法を解くと、水の玉がバシャンと割れて、地面に吸い込まれていく。

 ずぶ濡れで気絶しているダニーを見下ろして、カレンが感心したように言った。

「アリアは器用だな。私では加減ができずに殺してしまう」

「カレンは大雑把なのよ。あと、集中力が足りない」

「手厳しいな。私は褒めて伸びるタイプなのに」

「冗談を言ってないで浄化しなさい」

 カレンは不満そうに唇を尖らせる。それでも浄化魔法でダニーの呪いを解いた。

「うっ……ぐぅ……」

 悪い夢でも見ているのか、ダニーが苦しそうに呻いている。手足も裂けた口も元通りだ。

 だが、魔眼には不気味な色どころか何も映っていない。

「やっぱり、右半身と脳の一部が失っている。呪いそのものになってしまうと一緒に消滅するのね」

「見た目は変わらないから、本人も右半身を失ったことに気づかない。脳の一部も動かないのか」

「これだと、言語障害と記憶障害かな。呪いだから治癒魔法では治せない」

「それは好都合だ。私たちの秘密が漏れることはない」

 アリアは複雑な表情でため息をつく。

「なんだか後味が悪いわね」

「私の命を奪おうとして生きているのだ。これこそ奇跡だとは思わないか?」

 カレンが茶目っ気たっぷりにウインクする。どうやら、アリアを気遣っているようだ。

「そうね。学園長になんて言い訳するか、考えるだけで頭が痛くなるけど」

 アリアは意識を失っているダニーから目を逸らす。

 明日は我が身。

 アリアの魔眼は強力な呪いだ。カレンの浄化魔法なら呪いを解くことはできるが、その代わり視力を失ってしまう。

 光魔法の使い手であるカレンのほうが、アリアよりも悔しがっていた。役立たずだと自分を責めるほどに。

 しかし、アリアはこれでよかったと思っている。

 魔眼がなければ、カレンにかけられていた呪いに気づかなかった。本当に命を奪われるところだったのだ。

 カレンのためなら呪われてもいい。

 アリアはカレンのことが愛おしくてたまらなかった。

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